丞相と黒猫
気配を感じて曹操が足下に視線を落とせば、黒く艶やかな毛並みの猫が目を細めこちらを見上げていた。 数日ほど前に、許褚と夏侯淵の二人が拾ってきた三匹の猫のうちの一匹。寄ってたかって構い倒されている他の猫たちとは違い、この黒猫はこうして時々ふら…
舞台二次創作リンカネ
軍師
火を放った船から這々の体で陸地に上がった兵の、そのほとんどが無傷とは呼べない状態だった。そもそも重傷のまま敵兵に囲まれた主君救出のために無茶をした上での、ここまでの行軍である。誰もかれもが満身創痍だ。 それでも中には、比較的まだ元気な者も…
舞台二次創作リンカネ
子守唄
「張遼様!」 野営の準備を終えてさあ寝るぞ、という時に出鼻をくじかれる形になった張遼はムッとしたまま顔を上げる。その眼光の鋭さに、まだ年若い兵がヒッと声を上げて後ずさった。「ああ、すまんすまん。どうした?」 どうやら自分が思っている以上に疲…
舞台二次創作リンカネ
パンドラの箱(NW)
箱を開けても世界は終わらなかったし始まりもしなかった。 ただそこに、古ぼけた箱が残っている。「なんだ、何も変わらないじゃないか」 世界が変わることを求めたのに何も変わらない。世界の終わりを望んだのに少しも終わりそうにない。終わらないから、…
舞台二次創作パンドラ
或る昼下がり
「君は私を恨んでいるか?」 上官の唐突な問いに対して彼よりひとつ年下の参謀は、発言者の予想に反して、少し不思議そうな表情を浮かべて相手を見下ろした。簡素な机に片手で頬杖を突いている小柄な上官は、どこか投げやりな態度に見える。 連日の不毛な作…
歴史創作歴史創作
道
「唐津藩、大野右仲」 そう言ってすっと頭を下げたのは、背の高い、ひょろりとした男だった。これから彼と、彼と同じ唐津の者たちが新撰組に入隊する。 彼らだけではない、他にも備中松山や桑名の者が入隊することになっている。戦い続きで戦死者や脱落者を…
歴史創作歴史創作
花橘香
その部屋はいつも、わずかに花の香が漂っていた。 どんな季節でも同じ花の香だったから、好き好んだ香木でも燻らせているのだろうと、ただそんなことを思っているだけだった。 地方豪族の生まれとは言え、都一番の学者から教養深く育てられた彼が、季節に…
歴史創作歴史創作
帰る日
障子を開くと、朝一番の空気は昨日よりも和らいでいた。 こうして少しずつ寒さが和らいで、厳しい冬は終焉を迎えるのだろう。 ―――ああ、もうすぐ春が訪れる。 この最果ての地に訪れる春は、どのようなものなのだろうか。 そんなことを考えながら、箱…
歴史創作歴史創作