或る昼下がり

「君は私を恨んでいるか?」
 上官の唐突な問いに対して彼よりひとつ年下の参謀は、発言者の予想に反して、少し不思議そうな表情を浮かべて相手を見下ろした。簡素な机に片手で頬杖を突いている小柄な上官は、どこか投げやりな態度に見える。
 連日の不毛な作戦会議で疲労が溜まっているのだろう。そうでなければこんな、意味を成さないような質問をこの男が自分に投げかけるはずもない。
「恨んでなどいませんよ」
「何故だ?」
「貴方を恨んだところで何の利益にもならないからです」
「成程」
 それはもっともな話だと、疲れた様子で相手は頷いた。自分のこの考えを、こうしてすぐに納得する人間は少ない。目の前にいる上官のような、かつての敵対した相手だけでなく、故郷を同じくする者であっても。
 これから激化することがわかっている戦場を目前にして、こんな会話は戯れでしかない。それならば、どうせ戯言ついでだからと参謀は再び口を開いた。
「ただ私を、我々を、敗者と哀れむようであれば、憎みます」
「君を哀れむ必要などどこにある?」
 間髪入れずに返ってきた答えは紛うことのない彼の本心であろう。彼は本当にそう思っているし、きっとこれからもそうあり続ける。
「ええ、だから、」
 まっすぐに見上げてくる相手の視線をまっすぐに見返しながら、静かに頷く。自分はきっと、ひどく穏やかな笑みを浮かべているはずだ。
「私は貴方の、そういうところが嫌いではないのです」

 


初出:2014/7/14

山田と山川。