「刀剣に記憶があるのならば、意思もまたあるのではないだろうか」
はじめにそう言い出したのが誰だったのか。今ではもう誰も覚えていない。
けれどその仮説をもとに研究を重ね、刀剣の記憶から生み出された意思の集合体をヒトのカタチに具現化させ、自ら戦う力を与えたモノを、政府は『刀剣男士』と名付けた。
モノに宿りし記憶――その魂から生まれた、ツクモガミ。
物でも人でもない彼らと共に戦うのは、モノにもカミにもなれない『審神者』と呼ばれる人々。
終わりのない戦いの為に、戦い続けることを選んだ者たち。
――その日、一人の審神者が消滅した。
「俺は、同田貫正国。俺たちは武器なんだから強いのでいいんだよ。質実剛健ってやつ?」
綺麗に整えられた小さな鍛冶場の、神棚の下。武骨な手でしっかりと握った刀の漆黒の拵えと、よく似た衣装をまとった青年がそう告げれば、目の前に座した女は溜め息を吐くように笑った。
春先の、花霞の空のような淡い水色の、ふわりと柔らかそうな絹の袷を纏ったその女は、額から鼻下までを白い布で覆っているから表情がよくわからない。けれど苦笑を浮かべたのだろうということは雰囲気で伝わってきた。それがわかる程度に、この同田貫正国はヒトとしての経験を積んでいる。
「はじめまして、同田貫正国。その台詞は何度目だ?」
「……二度目だ」
「お前のことは上から聞いている。扱いも任されている。だけどまあ、お前の口からお前の希望を聞いておこうか」
「希望?」
もちろんそのために、以前の本丸での記憶を保ったままでの再具現化を頼んだのは確かに自分だが、けれどそれをあっさりと認めてもらえるとは思っていなかった。
「良い気分じゃねぇだろ。前の主の記憶がある刀なんて」
「今更何言ってんだい。お前たちはかつての記憶があるから『ここ』にいるんだろう」
「そうじゃなくて、」
「同じことだよ。私らなんて、お前たちにとって数多存在した持ち主の一人に過ぎない。たまたまこうして言葉を交わすことができるだけで、何の違いもないだろう?」
そういうものなのだろうか。前の本丸の、それ以前の記憶は綺麗さっぱりリセットされているからわからない。比較しようがなかった。
「まあ、志津枝と私は幼馴染みたいなものだったからね。だからこそ、駄々を捏ねて刀解担当者を困らせていたお前を引き受けることにしたんだ」
「志津枝?」
「数日前に消滅した、お前の前の主の名さ。さあ、お前の望みを言ってみな」
女が両手を大きく広げる。焚き込めたものであろう、淡い花の香りが同田貫の鼻孔をくすぐる。香りに誘われて思い出すのは薄紅の、降るように舞う桜吹雪だった。
この世のものとも思えないほど見事で、どこか違和感すら覚えるような一面の春の景色は、確かにこの世のものではなかった。投影プログラムが見せる幻覚だと知って、納得した。自分のこの姿も同じようなものだ。曖昧で、不確かで、実態を持たない概念上の存在。
けれど審神者と呼ばれた彼女は違うと思っていた。そもそもが人である彼女は、そんな不確かなものではなかったはずだ。
そう思っていたのに、彼女は消えた。
目の前で花を見上げて、やわらかく微笑みながら、幻のように。
「俺は、あいつが消えたワケを知りたい」
自分は彼女の初期刀でも、近侍でもなかった。むしろある程度戦力が揃ってからの参入組で、彼女とさほど近しい場所にいたわけでもない。
けれど、彼女が消えた時、偶然目の前にいたのが自分だった。微笑んだまま何かを呟こうとした、その口の動きすら見届けてしまうほど近くにいた。
どうして消えたのか。あんなにも穏やかだったのか。何を呟こうとしていたのか。
ただ、知りたいと思った。
2016/03/16