終局幻覚

「自分が死ぬと分かったあの瞬間、彼女の手を取ったのは何故だ」
 生き残るために足掻くことをやめ、弱々しく伸ばされた手をしっかりと握り返した。ここにいるよ、と笑いかけるように。
「それは生きることを諦めたからではないのか」
「諦めてない。たとえ一秒後に死ぬとしても、一秒後までは確かに生きてる。その瞬間まで自分が思うとおりに生きたいと思っただけ」
 あの時はただ、目の前にいるマシュを少しでも安心させたかった。そのためだけに手を伸ばした。
 いつだって自分のために、目の前にある何かのために戦い続けてきたと思う。この両足で駆け抜けて、そうして辿り着いたのがこの結末だ。
「私はどんな時でも、最後の瞬間まで生きたいと思っただけだ。私を守ってくれたマシュと同じように。今この瞬間のあなたと同じように」
 だからもう、無駄なこととは言えないよね、と。見透かしたように笑う相手の声も、反論できないことも腹立たしい。
「あなたのことは絶対に許さない。許せない。だけど、今目の前にいるのはあなただから」
「この私の、最初で最後の意地に付き合うか」
「決着をつけないといけないでしょ?」
 それはどちらも、自分自身のための、生きるための戦いだ。

「殴られたのは初めてだな……」
 そもそも人に触れられたことなどなかった。この身は死体で、中身は概念。伸ばす手などあるはずもなく。
 初めてのことで、そして最後だ、と重ねようとした声は隣に転がっていた相手の掠れた笑い声によって消されてしまった。声の限りに叫び続けて潰れた喉で呻きながらも、少女はゆっくりと立ち上がって笑う。
「私も。人を殴ったのはこれが初めてだ」
 初めて同士の無様な殴り合いが最後の戦いになるとは。千里眼でも見たことのない未来だった。

 

 

*舞台終局、ぐだ子が素手で殴りかかった瞬間「好きです!!!!!!!」ってなったので一瞬を永遠にして殴り合ってて欲しい。