世界の終わり

 とっても楽しいところですよ! と聞いていたカルデアは、確かに大変賑やかな場所だった。
 マスターを中心に古今東西の英雄が集い、語らい、肩を並べて共に戦うことで、生前には思いつきもしなかったであろう新たな関係を築いている。知識として知っている『聖杯戦争』ともまったく異なる趣だ。
 しかしこれは、と。召喚されたことで開示された情報を確認する斎藤の表情が険しくなる。
「なるほど僕よりも副長の方が先に召喚されるわけですよ」
「俺向きの戦場だろう」
 屯所――と土方や沖田に呼ばれているボイラー室の隣にある謎の茶室に戻れば、部屋に残っていたのは愛刀の手入れをしている土方ひとりだった。斎藤のぼやきのような言葉を聞いて返されたその声は軽い。今更なにを、とでも言いたげな様子だった。
 このカルデアは一度、負けている。敵の襲撃により拠点は壊滅、世界は白紙化され、残っている人間はマスターを含めてこの施設にいる数人だけなのだという。状況だけを見れば鳥羽伏見のあとの幕軍よりもずっと酷い。
「退却は許されず、戦力にも限りがあり、援軍はなく、四方を敵に囲まれて、その規模は未知数、って。絶望的なやつじゃないですか」
 そして、この戦いはそれだけではない。
 誰かの世界を破壊して、奪って、その歴史を無かったものにして。そして自分たちの世界を勝ち取る。規模こそまったく違うが、それは斎藤たちもよく知る戦いの話だった。
「俺たちは奪われる側だったけどな」
「マスターちゃんも一度は奪われてるんですから、まあ妥当な人選でしょ。あと土佐の坂本と岡田でしたっけね。彼らにしても最後は奪う側には立たなかったわけで……」
 そこで気がつく。同じ時代を共にした者の中で自分だけが、斎藤一だけが目にしたものがある。
「お前が今呼ばれたのは、そういうことだろ」
「そうなんですかねぇ」
 奪われて、無かったことにされ、終わりを迎えた世界の人間はどうなるのか。
「別にね、何も変わりはしませんよ。ああ、終わったんだなぁって。その瞬間は確かに思うこともいろいろありましたけど、それだけです」
 芹沢を呼び出したモノたちのように強い怨念を抱くものもあるだろう。復讐心に囚われるものもいるのだろう。けれど自分は違っていた。
 世界が目の前で崩れ落ちるのであれば、もちろんもっと他に思うこともあったかもしれない。けれど実際は、そして多くの人間にとっては自分のまったく知り得ない場所で何もかも終わってしまう。
 ああ、終わったのか、と。実感できるかどうかすらきっと人それぞれで。
「だから生きてる限りは、生きて楽しんだ者が勝ちなんですよ。奪っても奪われても、それは変わらない」
 僕はそれをマスターちゃんに伝えれば良いんですね、と。へらりと笑った部下に土方は問いかける。
「お前が終わったと感じたのはどんな時だった」
「そりゃあ……」
 答えようとして、迷う。ため息を吐きながら頭を掻いて、諦めたように再び口を開いた。悩んだところで今更だ。今の相手にどれだけ通じるのかわからないが、だからこそ誤魔化すことなく本音を喋ってしまった方が良い気がした。
 鳥羽伏見で負けた時でも江戸が開城された時でもない。会津で新選組からの離脱を選んだ時でも、その会津が降伏した時でもなく。
 自ら離脱を選んで、自分から手を離した。それでもあの時の斎藤にとっての『世界』とは、新選組の存在そのものだったから。

 

「副長が戦死したって、聞かされた時ですよ」