ヒーローのはなし

 どんな時でも美しく伸びるその背に、常に前を見ているその横顔に、ヒーローの姿を見た。

「ヒーローはモテるのか?」
 頭上から聞こえた国分寺線の問いに、西武園線は首を傾げた。それから目の前のテレビを改めて見て、画面の右上に出ている『今話題の特撮出身イケメン俳優特集』という文字列を確認して、なるほど、と大きく頷いてから答える。
「ヒーローはモテるけどヒーローだからモテるわけじゃない」
「まあ、そうだな」
 他愛もない世間話だ。けれども興が乗った国分寺は西武園の隣によいしょと腰掛ける。
「お前にとっての一番のヒーローって誰なんだ?」
 戦隊、ライダー、宇宙からの使者。いわゆる変身ヒーローと呼ばれる存在は数多存在するが、そいうえば西武園の『一番』というのを国分寺は知らない。西武有楽町線と一緒にヒーロー番組を見るようになってからは特に、その年のヒーローの話題がメインになっている。
 もちろん具体的な作品名やキャラクター名を挙げられたところで国分寺にはよくわからないのだが。
「何言ってんだ国分寺。そんなの会長に決まってるだろ」
「あー、なるほど。そうなるのか」
「で、次が新宿」
「……へえ?」
 予想外の答えに目を丸くした国分寺から、西武園はぷいっと顔を逸らした。もしかして照れているのだろうか。
「新宿のさぁ、かっこよくて、いつも前を向いてて、仲間のために見えないところでも努力してて。そういうところが西武のヒーローだって俺、思ってたんだけど」
「違ったのか?」
「あれ西武のためじゃなくて、安比奈のためだったんだな」
 西武園は知っていたのだ。新宿が人知れず、安比奈のために奔走していたことを。
「新宿は西武のヒーローだと思ってたのに、違ったんだなぁって」
「がっかりした?」
「いや、そうじゃなくて……でもなんだろうな。なんかもやもやする」
 自分自身の感情であるというのにうまく表現できないもどかしさがあるのだろう。
 彼はたぶん、感覚的に察している。
「新宿が安比奈のために動いていたのは『西武のため』じゃなくて『特別な一人のため』だから、西武園が思うヒーローとは違うように感じたのか」
「そう、そんな感じ」
「でもなぁ西武園。その場合でも、その特別な誰かにとってはヒーローじゃないのか?」
「それは、まあ、そうなんだけどさ」
 なんとなく抱えていたもやもやを言葉にすることで、ようやく西武園も自覚する。
 ――誰か一人のヒーローではなくて、自分たちの、自分のヒーローでいて欲しかったのだ。
 それはあまりにも子供じみた駄々のように思えて、はっきりとは主張できなくて。
「そうかぁ、西武園は寂しいのか」
「寂しくなんかねぇよ! 今までと何も変わんねぇし!」
「でもかっこよく見えただろう。安比奈を引きとめた新宿は」
「……かっこよかった」
 お前に存在理由をやる、と。安比奈に宣言した彼は輝いて見えた。そして、心から応援したいと思った。だから彼は、今でも確かに西武園にとってヒーローのままだ。
「あ、そっか」
 西武園にとってヒーローとは応援するものだった。
 がんばれ、負けるな、と。テレビの前で、ステージを見上げて。やがて自分もヒーローになりたいと思った。彼らのようにかっこよく、まっすぐに。何度でも立ち上がる誰かのヒーローでありたいと。

「俺は西武のヒーローになる!」
「突然なんだ、どうした」
 張りのある声で高らかに宣言されて、新宿は笑ってしまった。笑うところじゃねぇよと不満そうに言われて、わかったわかったと答える。
「で、なんだっけ。西武のヒーロー?」
「そう、今までは新宿だったけど」
「いや待て、俺いつの間にヒーローになってたんだ」
「俺の中ではそうだったんだよ! でも新宿は安比奈のヒーローになっただろ?」
「なっただろって……」
 西武園の中ではそういうことになっているらしい。
 実際にはそんなに、西武園が思うヒーローのようにかっこいいものではなかった。かっこつけただけだ。それを知っているのは新宿本人だけで、誰にも言わずに隠し通していることだから、もちろん西武園が知るはずもないのだが。
 居心地の悪さを感じて黙ってしまった新宿の沈黙を、西武園は気にしなかった。
「新宿のことだから、安比奈のためじゃなくて自分のためだ、とか言うかもしれないけど」
「なんでそう思うんだよ」
「だってずっと本社に掛け合ってたこと、安比奈には言ってないだろ」
 自分のためだから。これは彼をこの地に留めたいと思う、自分のエゴだから。そういう新宿の気持ちを、『特別な誰かのためだけのヒーロー』という存在の本質を、西武園は感覚的に察していて、だからもやもやしたりもしたのだが。
「それでも、安比奈から見たら自分を助けてくれたヒーローだろ。そりゃヒーロー側にだっていろいろ事情はあるさ。でも結果だけ見れば、新宿のおかげで安比奈が望んだとおり『今までどおり』だ」
 それは確かに、彼の一番の願いではなかったかもしれないけれど。
「だからさ、これからも安比奈のヒーローでいてくれよ、新宿。西武のヒーローには俺がなるから」
 それが西武園の出した結論だった。そうか、お前らしい、と笑った新宿の、いつでもまっすぐな背が少しだけ丸くなって、長い前髪がその顔に影を作る。
「……まるで人間みたいだな」
「そりゃそうだろ。人間のかたちをしてるんだから」
 きょとんとした顔の西武園の、予想外の言葉に新宿は驚いて顔を上げる。それを見て、西武園はさらに不思議そうに首を傾げた。
「テレビでもショーでも、そこにいるのは本物のヒーローってわけじゃない。役者さんだろ。でも、ヒーローを演じてるその瞬間はだれが見ても間違いなくヒーローだ。だってみんながそう信じて、そう見てるんだから。それは本物じゃないけど嘘じゃない」
 仲間と力を合わせて、みんなのために。正義のために戦う気持ちは本物であり、それを応援する気持ちも本物だ。
「それってさ、人じゃないけど人の姿をしてる俺たちと同じことだと思うんだ。だから人と同じように考えたり思ったりしてもおかしくないだろ」
「……お前は時々、びっくりするようなことを言う」
「お。今の俺ヒーローっぽい? っぽい?」
「ああ、ヒーローだよ。間違いなく」
 キラキラと眩しいほどに。