鉄ライ直後に出したコピー本より。短編集。
初出:2019.11.23 ガタケット166
【舞浜駅にて】 2019.10.31
そこは商業施設とホテルの間にある通路のようなもので、確かにここに来るまでの店舗内とは少し様子や雰囲気が違っている。だからその女性もうっかり迷子になってしまったのだろうと思われた。
「あ、あの、すみません。このシアターってどちらかわかりますか?」
通りかかった目立つ二人連れに必死の様子で声を掛けてスマホの画面を見せると、肩につくほどの長さの髪を揺らして片方の青年が笑った。
「それならあっちだよー。ほら、そこに矢印も出てる」
「え、……ああ! あんなところに!」
青年が指差した先、壁に貼られた銘板には確かに探していた会場の名前が書かれていた。焦っていて見落としてしまったのだろう。開演時間が間近に迫っているせいで通る人もほとんどいなくなっている。
「ありがとうございます!」
「うん、楽しんできてね」
「気をつけてな」
「はい!」
小走りに会場へと向かう女性を見送りながら、にこにこと笑っている京葉に武蔵野が疑問を投げかける。
「俺たちはこんなにゆっくりでいいのか?」
「うん。まだじゅーぶん間に合うし、間に合わなくても最初はどこかの上官の前説だから別に聞かなくても良いって宇都宮が言ってたよ」
「……良いのか?」
最後のは決して良くはない気がするのだが、だからといって今更急いだところで仕方がない。
「それにこうやって、僕たちがゆっくり向かってるおかげで彼女が間に合うならそれは良いことじゃない」
「まあ、それはそうだな」
確かにその通りだったので武蔵野も特に反論はしなかった。
「ライブ楽しかったねー! ね、武蔵野。ごはん食べて帰ろ」
終演直後の、まだ人の姿もまばらにしか見えないロビーに出たところで笑いながら提案する京葉に、武蔵野は訝しげに問いかける。
「連中に挨拶とかしなくていいのか?」
「最終日だしそのまま片付け手伝うことになると思うけど」
「よし帰るぞメシ食って帰るぞ」
「ピアリ?」
「で、いいか。移動するのも面倒だしな」
そう言ってさっさと歩き出した武蔵野を、待って待ってと言いながら追いかけた京葉がその横に並ぶ。
「ねぇ武蔵野、せーぶさんっていつもあんな感じなの?」
「そっか、お前は知らないか。いつもあんな感じだ」
「ここ、けーせーさんのシマなんだけどいいのかな」
「それは仕方のないことだから言ってやるなよ……」
そんな会話を交わしながら階段を降り、エスカレーターを登って慣れた様子で歩いて行けば、駅に近づくほどハロウィンの仮装を纏った人々が増えてゆく。
「いつも思うんだが……平日だよな、今日」
「夢の国には平日も休日もないよ」
そう言いながら、淡いブルーのドレスを纏った小さなお姫様に手を振り返して笑った京葉に、そりゃ羨ましいことだと武蔵野は諦めたようにため息を吐いた。確かに、舞浜駅とその周辺だけは毎日がホリデーのようなものだった。本当の休日にはもっとずっと大変な人混みになることを、もちろん武蔵野も知っている。
【大阪公演のこと】 2019.11.3
「山陽、貴様何か私に隠してはいないか?」
ギクリ、とわかりやすく肩が揺れる。こういう時の彼はそもそも隠すつもりがない。
自分から言うのは憚れるが聞いて欲しい気持ちはあるので聞かれたら答えよう、というずるい男の考え方だ。その腹積りに敢えて乗ってやるのだから自分も随分と親切になったものだと九州は軽く息を吐いた。
そのため息のようなものを誤解したのだろう。いや、大したことじゃないんだよ? と相手は慌てて両手を振り回す。
「ジュニアから連絡があったんだけど……そっちには連絡行ってないよね?」
「来ていない。ということは鳩絡みだな」
「ご明察ですというかまあそうですよねわかりますよね」
「つまり兄想いの東海道本線が東海道新幹線のために敢えて私には連絡しなかったことを、お前はこの場で口にしようと言うのだな」
「あーー……はい。いやでも、さすがに大阪でやるならお前も知っていた方がいいんじゃないかなって、思って」
「ほう?」
うっかり鉢合わせてその場で判明するよりは、先に伝えてしまった方がいいと判断したのだろう。ずるいが賢明な男だ。
「連絡っていうのは、まあこう言う話なんだけど――」
「路線を集めてライブとは、奴は何を考えているんだ……」
「いやー、でもすごく楽しそうだよ? 鉄道フェスティバルとかの亜種みたいなものだと思えば、まあ、そんなに変なことでもないんじゃないかなって。たぶん」
あとで話を聞くのが楽しみだなぁと、独り言のように続いた山陽の言葉に九州は眼鏡の奥で小さく瞬きをした。
「貴様は行かないのか」
「山陽さんはですね、どうしても外せない用事がありまして」
「そうか」
「でもね、離れていても線路は繋がってるって。そういう曲を歌うんだって、東海道張り切ってたから」
だからできればあんたにも伝えたかったのだと笑う山陽に、余計なお世話だと九州は今度こそため息を吐いた。
そんなことは、改めて言葉にしなくても皆知っている。
【過去の僕と未来の僕と、それから】 2019.11.6
過去の僕と未来の僕と。好きなのはどっち?
「そんなの決まってるじゃないですか」
「貴方は即答ですよね、信越」
聞くまでもない話である。わかっていたことなので予定どおり肩を竦めた北陸は、だからその後の反応が少し遅れた。
「今は?」
「……え?」
「今の貴方はどうなんですか」
過去の僕と未来の僕と。その間にいる、今の僕。
「大人の貴方に興味はありませんけどね。それは微塵も変わりませんけど、でも今の貴方はここにいるでしょう」
「今の、僕」
「一人で勝手に未来に行かないでください。俺から可愛い長野上官を奪ったのは未来の貴方ではなく、今この場所にいる貴方でしょう。しっかりしてくださいよ」
「なんで僕が信越に怒られているのでしょうか」
「そりゃ怒りますよ。あなたなんてまだまだ若造なんですからね。俺たち古株が重ねてきた過去の長さを舐めないでください。過去の先にいる今の貴方が努力しているからこそ――あっ」
「信越?」
うっかり余計なことを言ってしまった、という顔だった。けれども口から出してしまったものは戻らない。諦めたように信越は深いため息を吐く。
「まあ、貴方なりにがんばっている今の、その重ねた先に未来があるんですから。それを貴方自身が認めてあげないで、誰が認めるって言うんですか」
「それはほら、信越に」
「甘ったれたことを言わないでください」
「厳しいですね」
「当然でしょう。誰にも甘やかされることのない、大人になることを望んだのは他でもない、貴方自身だ」
「……信越は容赦がない」
「嘘つきな大人はきらいなんです」
だから信越の言葉は、いつだって真実だ。
【会長万歳】
なぜか参加したライブはとても楽しいものだった。
その経緯やいきさつは何度聞いてもよくわからなかったが、世の中にはよくわからなくていいこともあるのでこれもそのひとつなのだろう。たぶん。
「楽しかったからまあいっか! って俺は思ったけど、西武秩父は?」
ホテルの大浴場からの帰り道、少し涼もうと並んでロビーの椅子に座っていた西武園に問われて西武秩父が笑う。
「俺も楽しかったし、みんなから色んな話が聞けて良かったと思うよ。過去の話ってさ、あんまり聞かないから」
「会長のことならいつでも話してるだろ」
「会長じゃなくて、たとえば新宿と安比奈のこととか」
こういう機会でもないと聞けないから、と笑った相手に西武園も「確かになぁ」と頷いた。
西武園も知らないような過去のこともそうであるが、そういえば安比奈の廃線改め結婚パーティの時も彼は池袋の対応でその場にいなかった。今回は一緒になってバカ騒ぎをしたけれど。
「まあ、楽しいだけの思い出ばかりじゃないけど。このお祭り騒ぎの中でなら笑い飛ばせるのかもしれないな。この際だから色々聞いておけよ会長のこととか」
「会長のことならいつでも聞いてるって。いやでも、知らないこともまだたくさんあるか」
自分は一度もお会いしたことがなかったから。
それでも。
「池袋とみんながずっと会長の話をしているから、かな。なんだか会ったことある気がしてくるんだよな」
会ったことはなくても、今ここにはいなくても。近くに感じられる。
「じゃあもっとたくさん会長の話をしないとな! 会長がいつ何時お戻りになっても大丈夫なように!」
「ははっ。そうだな」
「それで、会長がお戻りになったらたくさん話を聞いてもらおうな。お前のこととか西武有楽町のこととか、会長が不在だった時のことを」
会長ならとっくにご存知かもしれないけど、と笑った西武園の話を聞いていた西武秩父は、それからハッとした様子で急に顔色を変えた。
「会長に……? 緊張しないでお話しできるだろうか……?」
「あっ、あー……どうかな……どうだろうな……」
ううーんと唸りながら少し悩んだあと、ダメかもしれないな! とあっさり諦めた西武園に、そこは頑張ってくれよ西武のヒーロー、と。西武秩父は眉尻を下げて困ったように笑った。
【幕が下りてもまた会おう】
「ライブ大盛況だったね兄さん! さすが兄さん!」
「うむ。あとで山陽のやつにも報告してやらなければな」
「仕事で来られなかった残念な山陽さんに自慢話だね兄さん!」
いつも以上にテンションの高い東海道本線を、東海道新幹線は少し目を細めながら眺め、それからゆっくりと問いかけた。
「ジュニア、ライブは楽しかったか?」
「ああ、もちろんさ」
難しい話はすっ飛ばして、いろんな地域と会社の鉄道が集まってのどんちゃん騒ぎだ。
――伸ばした手が届く場所、走り続けても届かない場所。どんなに離れていても僕らはきっとどこかで繋がっている。
それを改めて歌に乗せて、いくつもの声が重なる。キラキラとした光の中で隣の人と手を繋ぎ、笑い合い、ここにはいない誰かをも想う。
長い歴史の中で、増えていく路線も減っていく路線も全て知っているこの国の最初の鉄道は、最初だからこそ生まれた時は一人きりで。
一人きりでは誰かと歌うことも手を繋ぐこともできないから。
「またきっとやろうね、兄さん」
「そうだな。金になることもわかったからな」
「うん!」
そして二人の高笑いが響く。
これはまだ、長く長く繋がる鉄路の、その幸福な旅の途中。
だからこの幕が下りても、また会おう。