1.
「あ、安比奈? そう、多摩湖。仕事帰りに西武園と二人で飲んで帰るから飯いらないって言ったじゃん、その西武園が飲み潰れたので今ホテルです。キャッじゃねぇよ仕方ないだろ、西武園重いんだもん。池袋にはうまく伝えておいて。うん、うん、よろしく。じゃ、おやすみー」
通話を切る。二人とも明日は休みだからといつもより飲みすぎてしまった。残っていたミネラルウォーターを飲み干した多摩湖はベッドに腰掛け、むにゃむにゃ言いながら寝転んでいる同僚の姿を眺める。
「せーぶえーん。明日ホテル代きっちり徴収するからな」
「ううーーーん……」
制服は脱がせたし、無理やり水も飲ませたし、多少は落ち着いたのだろうか。ふにゃりとしながら起き上がった西武園が、そのまま多摩湖に抱きついた。
「たまこーちゅーしよちゅー」
「お前なぁ」
この酔っ払い、あとで思い出して後悔しても知らないぞと引き剥がそうとした多摩湖は、ふと好奇心が湧いてその手を止めた。このまま相手の好きにさせたらどこまでいくのだろうか。
ちゅーちゅー言いながら頰に押し当てられていた西武園の唇に、多摩湖は自分のそれを重ねてみる。酒臭い、とは思ったがそこはお互い様で、嫌だな、とは思わなかった。
薄く唇を開けばぬるりと舌が入ってきて、酔いのせいでいつもより熱くなっている口内で絡み合う。そのまま相手の手を取って自分の身体へと引き寄せれば、その大きな手で薄い脇腹のあたりをゆっくりと撫で回され、思わず腰が揺れてしまう。
「たまこ……多摩湖!?」
目を見開いた西武園が、パッと多摩湖から離れた。酩酊状態から覚醒してようやく状況を把握したようだが、今更である。
「あのな西武園、ここまでやったんだから責任取れよ?」
「せ、せきにん」
「もう勃っちゃってんだよお前のせいで。ほら」
「わぁ……ほんとだぁ……そして俺もだぁ……」
酔ってはいるが自分のしたことを覚えていないわけではない。やらかしてしまったと頭を抱えようとした酔っ払いの手を取って、その目の前で多摩湖はにこりと笑ってみせた。
「西武園が気持ちよくしてくたら許してやるから」
「え、あの」
「西武園のせいなんだから、もちろん頑張ってくれるよな?」
「が、がんばります、……?」
――途中で煽られていたことに気がついた西武園が「俺だけのせいじゃないじゃん!」と多摩湖に向かって叫ぶのは翌日、チェックアウトギリギリの時間に目覚めてからのことだった。
2.
その日は久しぶりの大勝ちで、二人とも最高に気分が良かったのだ。
はしゃぎにはしゃいだ競輪場からの帰り道、このまま何か食いに行こう、そうだ高い肉を食おう、とテンションの上がったままの西武園の手が隣を歩く多摩湖の手をぎゅっと握る。
大きなその手の、節ばった指の感触に多摩湖の首筋がざわりと騒いだ。
「西武園、西武園」
「なんだ多摩湖は高い肉より高い魚がいいのか?」
「ムラっとした。ホテル行こう」
「はぁ!?」
ここまでの流れの中の、どこにそんな要素があっただろうか。突然のことに声が裏返ってしまった西武園の、その指を多摩湖は力強く握り返した。
「いやなんかさ、この指がこの前、俺のナカ」
「わーーーーー待て多摩湖! やめろ! 生々しい!」
「何言ってんだよ、やったのお前じゃん」
「そうだけど! 確かにそうですけれども!」
ぶんぶんと腕を振って相手の手を振り払おうとするが、意外にも力強く掴まれてしまってなかなか解けない。
「いーじゃん西武園、やろうよー」
「お前そんな軽率に……」
「だって気持ちよかったし。西武園は俺に酷いことしないし」
「いや、あれだって理性飛ばないように必死でしたけどね!?」
「うん、知ってる。お前イイ顔してたから」
「恥ずかしい!」
ようやく自由になった両手で顔を覆う西武園の、その耳の端まで真っ赤になっている。
興奮しながらも理性を保つために必死になっている西武園の余裕のない顔を見上げるのは悪くなかったし、相手を傷つけないように丁寧に触れるその大きな手が、硬いけれど熱を持ってあたたかい指先が、多摩湖にはとても気持ちよく感じたのだ。
「西武園は良くなかったのか?」
「そりゃ……まあ……良かったけど」
「じゃあいいじゃん」
「いいのかなぁ」
答えは決まってるようなものなのに、それでも逡巡してしまうのは順序がちぐはぐであるように感じてしまうから。
とはいえ、そもそも出会いの最初からちぐはぐしている関係だ。今更といえば今更だったので、ホテルの後は高い肉を食いたい、と同意の上で要望はきちんと伝える西武園だった。