祝電

「新宿と安比奈宛に祝電が届いてるぞ」
「祝電?」
 不思議そうな西武秩父に応える西武新宿の声もまた疑問形になったのは、少々今更感があったからだ。あの電撃プロポーズから既に数年が経っている。
 もしかしてと思いつつ、夕刊を取るついでに持って来た白い封書を眺めている西武秩父に、新宿は尋ねる。
「差出人は?」
「えーっと、しん・けいせい?」
「あー……、もしかしたら西武になっていたかもしれない、千葉のローカル線だよ」
「そんなところにまで連絡したのか」
「いや。向こうが新京成になってからは特に交流もなかったから……しかし気にかけてくれていたんだな」
 たぶん、新宿の複々線化が正式に中止になったから、その流れで安比奈とのことも知ったのだろう。例の計画区域は彼とも関係のある場所だったから。
 そして、安比奈とも。

 千葉の大手私鉄である京成の子会社、新京成が走るのはかつて鉄道連隊の演習線が走っていた場所だった。戦前、連隊が最後に拠点を置いた千葉県内には演習線がいくつか存在したが、戦後に路線として残ったのは新京成へと生まれ変わった旧松戸線だけである。
 かつて鉄道連隊は演習を兼ねて、各地の路線の敷設作業を請け負うことも多かった。資材のほとんどを連隊が持ち込み、また戦場を想定した演習であるためにその作業も短期間で済むためだ。新宿線の上井草から高田馬場までの区間も鉄道連隊が敷設作業を行った場所だった。
 そして、戦後に高田馬場から新宿までの免許が西武に下りたのも、鉄道連隊の跡地とその資材を京成と取り合った結果であると新宿は聞いていた。このあたりは『会長』の手腕の結果なので、実際に何があったのかはわからない。
 京成が跡地を得て新京成とし、西武は新宿線を延伸させた。そして各地に下げ渡された蒸気機関車や貨車などの鉄道連隊の置き土産は、安比奈線でも砂利運搬等に利用された。

「え、新京成から祝電?」
「そう。これ」
 洗い物を終えた手を丁寧に拭って、渡された封書を受け取った安比奈は「久しぶりに聞いた名前だね」と笑う。縁起の良さそうな華やかな花が印刷されている白い台紙を開けば一言、祝いの言葉が記されていた。

『未来を共に生きる二人に、心からの祝福を。』

「未来を共に……」
 走る、ではなく、生きると記されたあたりに相手の配慮を感じる。祝電を出すことも、その内容にも悩んだのではないだろうか。
 それでも言葉を贈りたいと、思ってくれたことが安比奈には嬉しかった。
 ――終戦直後の混乱期に、戦後最初の私鉄として作られたのが彼だった。
 戦争で何かを奪うためではなく、誰かと未来へ向かうために作られた。強固にあったはずの存在理由を失って、新たな存在理由を与えられた路線。
 それまでの自分とは全く別の道を、けれどもそれまでと同じ場所で。その先を走る未来を与えられた存在。
 自分と似ているようで違う。違うけれどやっぱりどこか似ているように感じてしまう。何が違っていたのかと言えばやはり時代の流れであるとしか言えなくて、安比奈は小さく息を吐くように笑った。
 もしかしたら彼も安比奈と同じように思って祝電を打ったのかもしれない。その本当のところは、彼をよく知っているわけではない安比奈にはもちろんわからないけれど。
「そういえば、残っていたうちのひとつは向こうに送ったんだっけ。鉄道連隊からもらった機関車」
「駅前の公園で展示されてるって聞いたなぁ」
「今度、一緒に見に行かない? この祝電のお礼もしたいし」
 もちろん新宿が良ければだけど、と控えめに付け加えた安比奈の手を新宿はそっと握る。その力が強くなりすぎないように気をつけながら、大きな手を自然に包み込むように。
「来週の休みにでも一緒に行こう。手土産は西武百貨店で買って」
「もちろん!」
 百貨店の紙袋を手に下げて。所沢から新京成の新津田沼駅までの道のりはちょっとした遠足だ。
 どの経路で行こうか、高田馬場から東西線で……と顎に手を当てて考えている新宿を見下ろして、安比奈は小さく呟く。
「俺に未来を選ばせてくれてありがとう、新宿」
 本当は共に走りたかった。その未来を消された自分には、それ以外にも未来があった。選ぶことが出来た。
 人に作られて、人の都合で消される、人ではない自分たちには本当なら望むべくも無いはずのもの。無かったはずの道。それは確かに目の前にいる彼のおかげだ。
 仲間たちと共に、彼と共に。この場所で、未来を見ることが出来る。

 人のように望み、人のように喜び、人のように相手と手と手を取り合って生きている。
 それを人のように祝う言葉が記された祝電は、きっと本当に、純粋に、心から贈られた祝福の言葉だった。

 

 

 

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