西武新宿×西武安比奈ファンタジーパロ。
初出:2020.05.05 エアブー無料配布
偉大なる神祖への忠誠を誓う西武神聖騎士団、その第二師団長に与えられた邸宅の食堂。
「そうだ西武園、今日は俺も演習場に行くから」
「え、」
ちょうど朝食を終えたところで、エプロン姿のままだった安比奈が思い出したように告げたので、ごちそうさまでしたといつもどおりに手を合わせた居候騎士はそのままの状態でぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「え、なんで?」
「なんか本部から、今日の演練に参加して欲しいって言われたんだよね」
演練なんて久しぶりだなぁとウキウキした様子の相手を西武園がぽかんと口を開けたまま眺めていると、その隣で食後のお茶をすすっていたこの家の主、第二師団長であるところの新宿がにこりと口元だけで笑った。
「何驚いてるんだよ。安比奈が元騎士だってお前も知ってるだろ」
「いやそりゃ聞いたことはあるけどさ……」
「『姫騎士』って呼ばれてたんだぜ」
「やだな新宿、恥ずかしいからあんまりその話しないでよ」
もう昔のことなんだからと照れてみせた安比奈が騎士だったのは新宿との結婚前のことだ。その頃、西武園はまだ騎士見習いにもなっていなかったので噂話でしか聞いたことがない。
東の王国の混乱期に、偉大なる神祖の御威光によって独立自治区として成立した神聖国の騎士団。その創設時に騎士の一人として選ばれたものの、資格不適合とされて聖騎士になることは叶わず、師団長と結婚することで騎士見習いと同格の準騎士という立場になった異例の騎士。
有事には後詰めの騎士として剣を取るが、基本的には家の中の仕事をしているということもあってとても騎士には見えない。
「というわけで、今日のお弁当も本部に行く時に届けるから。たくさん作っちゃったから一緒に食べよう新宿」
「なるほど、それで朝食も豪華だったのか」
「緊張していつもより早起きしちゃったんだよね」
昨日からやけに安比奈が上機嫌だったのはこれが原因だったのか、と納得した西武園は、でもそういうことはもっと早めに言って欲しいと思うだけで口には出さなかった。決して、余計なことを言うなよ、という新宿の見えない視線が怖かったからでは、ない。
「だいたいあの安比奈が『姫騎士』ってどういうことなんだと思う?」
「さぁ? 知らね」
演習場の周囲に巡らされた柵にだらりと寄りかかった西武園が、何やら書面と睨めっこしている多摩湖に問えばあっさりと切り捨てられてしまった。興味がないらしい。
「それこそ新宿に聞けばいいじゃん」
「聞き辛いだろ」
「兄夫婦の家に堂々と居候してるお前にもそんな感情があったんだな」
「それはそれ、これはこれ」
そう言って右から左に空気を移す動作をした西武園の対面にある出入り口から、白銀の甲冑姿に兜を小脇に抱えた安比奈が演習場に現れた。呼び出したのは第一師団長である池袋だったようで、何やら二人で話をした後、頷いた安比奈が慣れた様子で兜を装着する。
演練は久しぶり、と確かに本人も言っていたが、日頃から訓練は怠っていなかったのかもしれない。堂々とした様子で剣を抜いた安比奈の横で、池袋がいつものように声を張り上げた。
「皆のもの、よく聞け! 本日は魔力を用いた攻防を禁じた上での演習を行う!」
集められた若い騎士たちの間に動揺が走ったのが見ていた西武園や多摩湖にも伝わった。自分たちも彼らも、騎士見習いの頃から魔術と剣を同時に扱うことを叩き込まれてきた者たちだ。
「この男は魔力を持っていないが、同時に魔力による攻撃も効かない。そういう相手を想定した演習を行う」
「へぇ……西武園、知ってた?」
「知らなかった……」
この神聖騎士団の最大の武器は、騎士の全員が剣と魔術を同時に扱った攻撃・防御を行うことにある。王宮付きの魔術師ほど強力な力を持つものは師団長クラス以上の騎士に限られるが、それでも騎士団長から騎士見習いに至るまで全ての団員がある程度の魔術を扱うことができる。
最初期から騎士団にいた安比奈が資格不適合で降格されたのはつまり、なんらかの理由で魔術を使えなくなったためなのだろう。なるほど、と理解した西武園の前で、一回目の立ち合いが始まった。
第一師団長の意図はわかる。若い騎士に多く見られることであるが、剣の腕を磨くことよりも魔術の、特に防御魔術に頼ってしまいがちである。それを身をもって自覚させるために安比奈が呼び出されたのだろうと、納得した西武園の目の前で若い騎士が文字どおり吹っ飛んだ。
上段から勢いよく叩きつけられた剣を半歩下がりながら受けて軽く流した安比奈が、その勢いを殺すことなく下ろした剣を、低い位置からすうっと跳ね上げるようにして相手の腹部に叩きつける。
きらめく鎧を身につけた上、演練用に刃を潰した剣を使用しているので身体が真っ二つになることはなかったが、崩れた体勢を立て直す前に低い位置からの反撃を喰らったせいで相手の身体はあっけなく宙を舞った。
決して安比奈を侮っていたわけではないだろうが、それでも油断はあったのだろう。床に叩きつけられて響いた鎧の音を聞いて、若い騎士たちの間にそれまでとは違う緊張が走った。
「足腰を鍛えろ! 次!」
「はい!」
やあっと突き出した剣はその勢いのままパンッと弾かれて、踏み止まれずによろりと前に出た足を払われて床に転がる。
「次!」
力強く振り下ろされた安比奈の剣戟を自分の剣で受けるも、その衝撃に耐えきれずに膝から崩れる。
まだ若いとはいえ厳しい試験に合格した騎士たちが次々と弾き飛ばされ、子供のように転がされる様を眺めながら、西武園は開けたままになっている口を閉じるのを忘れてしまった。
「うわぁ……ぼろぼろだな……」
「お前なら行けるか?」
「うん、うーーーん」
多摩湖の問いに即答できず、唸りながら十人目の騎士と対峙している安比奈に目を向ける。
軽く剣を構えているように見えて、しかしまったく隙が見つからない。初手で攻撃魔術を使えれば、あるいは剣が弾かれないように防御魔術で部分強化できれば、などと考えてしまう。
それが自分たちの強みであり、そして同時に弱点である。自分よりも単純に力量が上の相手に対する術を考えてこなかった。
「相手に関わらない、自分の手足にだけ魔術で強化をかければ、ある程度はいける、と思うけど」
「それなら日頃から身体を鍛えておけって話だよな」
ははっと聞き慣れた笑い声。いつのまにか新宿が西武園の隣に立ち、安比奈の勇姿を嬉しそうに眺めていた。
「強いだろう、安比奈は」
「強いなぁ」
素直にそう答えれば新宿は満足したように笑って。けれども小さく、勿体無い、と。零れた声は隣にいた西武園にだけ聞こえたようだった。
たとえばここが東武の傭兵部隊であれば、安比奈は最主力の一人として活躍しただろう。後詰めの凖騎士などではなく。
騎士団そのものから追い出されるはずだった安比奈が、それでも留まることができたのは第二師団長である新宿の尽力のおかげだった。それにまつわる騒動自体は西武園も知っている。けれども新宿が何を思ってそこまでしたのか、その心情まではわからない。
そうこうしているうちに、演習場に立っているのは安比奈と池袋の二人だけになってしまった。貴様ら鍛錬が足らん! と床に転がったまま立ち上がることができない騎士たちに喝を入れている第一師団長から少し離れて、ようやく兜を外した安比奈がふぅっと息を吐いた。
それから新宿たちの姿に気がついて、嬉しそうに笑う。まるで太陽の下で、パッと花が咲くように。
「……姫騎士、ねぇ」
いつものように後ろ手に組んだまま安比奈に声をかけに行った、そのまっすぐに伸びた新宿の背を眺めながら西武園が呟けば、手にしていた紙の束を丸めた多摩湖がニヤリと笑った。
「元は鬼騎士だったらしいよ。鬼のように強いから。それが魔力を失って騎士資格剥奪、ってなった時に、幽鬼士とか呼ばれるようになって」
「わかった。新宿がキレたんだな」
「それで姫騎士になったんだとさ」
翌日。
『私は昨日の集会をサボりました』という札を首から下げた西武園と、同じように『私は昨日の演練で賭博を開きました』という札を下げた多摩湖が揃って厩の掃除を命じられ、本来の掃除当番である騎士見習いたちに白い目で見守られながら仲良く馬に蹴られている頃。
「昨日はありがとう、池袋」
「礼には及ばない。若い騎士たちの良い刺激になったからな」
近年は東の国の混乱もようやく収束を見せ、騎士として実戦で戦う機会が減ったことで気が緩みがちであった。騎士団の本分は戦闘そのものではなく偉大な神祖の教えを守ることにあるが、それでも、だからこそ日頃の鍛錬を怠るわけにはいかない。
「そういう意味でも安比奈は良い騎士だ。たとえ魔力を失ったとしても」
「お前にそう言ってもらえると心強いな。そうだ、池袋を夕食に招きたいって安比奈が言ってるんだけど」
「そうか。喜んで招かれよう」
久しぶりに、三人で晩餐を。できたばかりの宿舎に、まだ三人しかいなかった時のように。