候補生三番(元戸井線)の話。2021-02-20
彼はただ、運が良かったのだと聞いた。
「例のアレ、七番に決まったそうだぞ」
「意外だな。廃線になったばかりで訛りも抜け切っていない田舎者だろう?」
「東海道上官様のご指名だそうだ」
「お偉方の出来レースかと思ったらそうでもなかったのか」
「有力候補は三番だったからな。何かあったのか。それとも上官様の気まぐれか?」
「どちらにしても運のいいやつだよ」
運の良さというのは、まあ、必要なのだろう。自分にはとにかくそれが欠けていた。
だからこそ努力を怠らなかった。候補生に用意されたいくつもの試験で常に好成績、品行方正、礼儀正しく協調性を持ち、しかし意見ははっきりと述べて中心に立つ。
人々の考える上官ーー新幹線としての姿を模索し、それを弛まぬ努力で維持し続けた。その上で出来うる限りの根回しも手を抜かず、ほぼ確定であろうというところまで整えて。
それでも結局、自分は運に見放されたのだ。
「国鉄篠山線、ね」
一度は消滅し、しかし新幹線として蘇る。そんな彼らの心情など自分にはわかるはずがない。わかりたくもない。
彼らは一度でも愛されたことがあるではないか。利用者に、地元の人々に、その名を呼ばれて走ったことがあるではないか。
生まれることなく未成線のまま廃止になった自分には、僅かな痕跡以外には何もない。ないからわからない。彼らはきっと、この自分が受けた屈辱など知りもしないのだ。
知らないまま栄光と共に走り出す。
選ばれることなく、候補生三番ですらなくなった自分はまた、誰にも知られないまま消えていくのに。
最初の名前を知っているものは、いる。その名を呼んでくれた人がいる。未成線として捨て置かれた自分を呼んで、まだ小さかった手を引いて、何かと面倒を見てくれた人。
真っ直ぐに伸びた背中が眩しくて、いつもその背を追いかけていた。自分は、彼がその背に負ったたくさんのもののひとつでしかない。もちろんそれは知っていた。けれども自分にとっては彼しかいなかったから。
「……会いたいなぁ」
本線。小さく呟いて、ぎゅっと体を縮めて丸くなる。
ぼんやりと揺蕩うような微睡の中で、夢を見る。
遠い空に力強く、明るく輝く星を。それが見えている限り自分が道を失うことはない。不安も迷いも何もない。
彼が覚えていなくても構わない。自分が忘れずに覚えているから。いつかきっと再び彼と会える、その日のために。
今はただ静かに、星の夢を見る。