*現パロの張遼と貂蝉。
使われている線が少ないのにやたら位置関係が正確な手書きの地図は、平日の昼過ぎだと言うのにひどく若者が多い駅を出て坂を上がり、明るい陽の中ではひっそりとしている風俗店が建ち並ぶ路地の奥の店を示していた。
ヨーロッパ風の造り窓と明るい茶色のレンガ壁は、極彩色の看板がひしめき合う小さな路地には似つかわしくないようだったが、本来はあちらさんの方が似つかわしくない存在なのだろう。そう思いながら、メモに書かれた店名と深みのある木の看板とを見比べた貂蝉は、ゆっくりと重い扉を押し開けた。
薄暗い店内は外の喧騒が嘘のように静かで、その代わり他の店よりかなり大きな音量で有名なオペラの曲が流れている。さらさらと地図を描きながら、ここはクラシックを聞くための店だと言っていたのが思い出された。
入り口からぐるりと店内を見渡して、思い思いに音楽を楽しんでいる客たちの中に目当ての人物を見つけると、貂蝉は口元に小さく笑みを浮かべる。一番奥の座席に、その人はいた。
腕を組んだまま俯いているその様子は、どうやら自分を待っている間に眠ってしまったらしい。テーブルには、まだ半分残っているコーヒーカップと使い込まれたいつもの手帳が開いたまま、サイドテーブルに置かれた白磁のアンティークライトの、白くぼんやりとした光に照らされていた。
起こしてしまわぬよう静かに目の前の席に座り、近づいてきた店員に小声でコーヒーを頼む。店員が戻って来るまでの間、ゆったりとした音楽を聞きながら眉間に皺を寄せた男の寝顔を眺めた。眺めるだけで、起こそうとはしない。
彼はこのところ、立て続けに朝が早かった。仕事が忙しいらしい、ということは知っているが、何がどう忙しいのかというところまでは聞いていない。詳しく内情を知っている自分だから、あえて聞かない方が良い、話さない方が良いと互いに判断したのだ。
しばらくして戻って来た店員からコーヒーを受け取り、一口含んでから少し考えた貂蝉は、添えてあったミルクをいつもより多目に混ぜる。それから読みかけの文庫本を鞄から取り出して、のんびりと頁を捲りはじめた。
目を開けると、目を閉じる前にはいなかったはずの相手が目の前に座っていた。
寝ぼけたまま驚いて凝視していると、その視線に気付いたように相手が顔を上げる。目が合うと小さく笑いかけてきて、どうしますか?と言うように首を傾げる。
うたた寝の微睡みが続いていて、ひどく良い心地だった。その余韻に浸っていたくて、もう少し、と口の動きだけで伝える。相手は笑ったまま頷いて、開いていた文庫本に再び視線を落とした。
耳に心地よい音楽とコーヒーの香り。そして時折、静かに頁を捲る音が聞こえてくる。
目を閉じると、先とは違う居心地の良さが感じられた。
2008年のホワイトデーに書いた別カプの現パロを発掘したので名前だけ置換して他には一切手を加えなかったところ「それがお前の業(性癖)だよ!」と言う結果になりました。現パロだから成立する荒技……。