副船長は動物にモテる。どこの港町にも必ず多くいる猫たちからも、何故だか知らないがモテモテである。そしてその日、挨拶に来ていたのは一匹の黒猫だった。
ウィリーとドラコの二人で個人的な買い物を終えて、ちょっと買い忘れたものがあるから先に戻ってて、と言ったのは船長の方だった。ベル・ミカエルの酒場のマスターに、この港に立ち寄るなら買って来て欲しいものがあると頼まれていたのを忘れていた。
別に忘れても彼は何も言わないだろう。けれど、いつもあれこれと世話になっている相手からの頼まれものだ。たまのおつかいくらいちゃんとこなさなければ。
そうして紙袋を一つ増やしたウィリーが宿に戻れば、その軒先の木樽に軽く腰かけているドラコの膝の上には黒猫が鎮座していた。
すらりとした体躯に、丁寧に磨かれたような艶々の毛並。首輪こそないが、あちこちで可愛がられている猫なのだろう。撫でるドラコの手に自らすり寄り、頭を押し付けて、ごろごろと喉を鳴らしている。
「ちょっと俺の副船長さん、港の若い子といちゃつき過ぎじゃないですかネー」
「妬くなよ。なぁ」
笑いながら黒猫の喉を撫でる。気持ちよさそうに顔を上げながらウィリーをちらりと見た猫は、フフンと鼻で笑うかのようにそのまま目を閉じた。ように船長には見えた。
「これがほんとの泥棒猫……」
「アホなこと言ってないで部屋にそれ置いて来いよ。さっき買ったのも、もうまとめてあるから」
割れ物ならちゃんと包んでおけよ、と釘まで刺されて、子供のように唇を尖らせつつも大人しく従う。頼まれていた瓶入りの食材はそこそこ値が張るものだったので、確かに割れてしまったら台無しだ。
「まーだ拗ねてんのか、船長」
そう言って、テーブルランプの明りの下で日誌にペンを走らせながらドラコが笑えば、そんなことないデースとベッドでごろごろと転がる船長が答える。
「俺が夕飯の時間だぞって呼びに行くまでずっと猫といちゃいちゃしてたからって別に拗ねたりなんかしてねぇし」
「説明ありがとう」
ペン先にインクを付け足す。それを半身を起こして覗き見て、まだまだ書き終わらない様子を確認したウィリーは再びコテンとベッドに転がった。
「って言うか、お前なんでそんなに好かれるんだ? 俺が近づいたらあいつら逃げるんだけど」
「そりゃお前、『ねこだー!』って大声出して走り寄ったら猫じゃなくたって逃げるだろ」
「ドラコー!って駆け寄っても逃げないじゃん」
「いや、ちょっと逃げたいな、って思う時はあるぞ。お前もう少し加減しろよ」
「えー」
夕食後の酒がまだ少し残っているふわふわとした会話の合間に、ペン先が紙の上を走る音が止まることなく混ざる。風を入れるために開け放った窓から聞こえてくるのは、一階の食堂で騒いでいる仲間たちの賑やかな声と、目の前の海から届く穏やかな波の音。
遠い岬の方から風に乗って鐘の音が聞こえてきて、ぱたんと日誌を閉じる音がそれに続いた。
「終わった?」
「終わった。さて、俺たちも飲み直すか」
「待ってました!」
ぴょーんとベッドから飛び起きたウィリーを眺めて笑いながらドラコはインク瓶の蓋を閉じ、引き出しに日誌を入れてしっかりと鍵を掛ける。それを大人しく見ていた船長と、肩を並べて部屋を出た。
初出:2019.7.22
オチ無しゆるふわ日常系。