派手な爆発音は、遠くまでよく響いた。
吹き飛ばした船の一部であっただろう木材に捕まる形で、ぷかぷかと波打ち際に浮いている男の服を雑に掴んで力任せに引っ張る。寄せては返す波を蹴り上げながら陸地に向かい、浅瀬に乗り上げてからはその重さに閉口しながらずるずると引き摺り、なんとかして男の身体を浜辺まで運んで砂浜に転がした。
呼吸に合わせて規則正しく胸元が上下していることを確かめてから、起きる様子が全くない男の持ち物を確認する。どうやって奪ってきたのかは知らないが、レジー・バレルは腰に巻いた帯にちゃんと差さっていた。本物かどうかはこの際あまり関係ない。
その首に麻袋をかけてやる。中にはキューブリックのマスターキーが入っていた。こちらは以前、仲間に作らせた偽物だ。改めて確認しても本当によく出来ている。名だたる海賊たちを騙せるほどに。
男を運ぶ時に邪魔だからと、とりあえず自分の胸元に押し込んでいた航海日誌をよいしょと取り出す。白いページに一言、予定どおりの言葉を書きつけて。それから少し考えてもう一言書き足す。そのページを破り取って折り畳み、マスターキーと共に麻袋の中に収めた。
これで準備は万全だった。あとは彼が、勝手にどうにかするだろう。
必要な仕込みを終えたらすぐに立ち去るつもりだったが、さすがに少し疲れてしまった。この身体でも疲れるのだな、と苦笑しながら相手の横に腰掛けて、濡れた頬や額に張り付いた髪や、砂を指先でそっと払ってやる。
「船長」
呼んでみるが応える気配は無かった。わかっていたことだが小さくため息を吐いて、見慣れたその寝顔をしばらく眺める。
たとえ目が覚めても彼がこの姿を見ることはないし、この声を聞くことも出来ない。見つけることは決して出来ない。というよりも、彼に自分の姿が見えてしまっては困る。
それでも。今すぐ目覚めて自分を見つけて欲しい、と。心のどこかで思ってしまう気持ちは否定できなかった。
――子供の頃に聞いた童話の人魚姫も、王子を助けた時にはこんな気持ちになったのだろうか。
海で貴方を助けたのが自分だとわからなくてもいい。けれども叶うことならば、貴方の隣に立っていたい。たとえ貴方の名を呼ぶこの声がその耳に届かないとしても。
そして貴方が幸福であるならば、自分と幸せにならなくてもいい。貴方の幸せを願うから。
だけど、それでも。
「……さすがに人魚姫は、ないか」
自分たちはもちろん王子と人魚姫などではなく、海賊の船長と副船長だ。それも昔の、すでに過去の話ではあるのだが。
そう、何もかも終わった話。だからこそ海底に消えたはずの自分はここにいる。
王子と再び出会うために魔女と契約し、人の身を得た人魚姫は海の泡となって消えたが、最後には人々を祝福するための精霊になった。自分は神と契約して堕天使となり、更には人々に死を知らせるための天使となった。同じ扱いをしては人魚姫に悪い。
穏やかな波音を繰り返していた海が、再び騒がしくなってきた。名残惜しいがそろそろ行かなければならない。これから起こること、起こすことは全て彼のため。そして彼のためにありたいと思う、自分自身のため。だから次に会うのはいつもの場所。
「ベル・ミカエルの酒場で待つ」
我が船長。
少し乾いてきたウィリーの頬を撫でて、ドラコはそっと微笑んだ。
初出:2020.01.07