リンカネイベント無料配布の張遼と曹操。
再録本収録。
初出:2020.01.19、加筆:2020.04.31
人は業を背負う。
天の龍も、龍の子も関係ない。天下の才も関係ない。
この天の下に生れ落ち、生きることを、戦うことを決めた時から背負うもの。
人はそれを業と呼ぶ。
この世に生きている限り、その背に負い続けるもの。
「アンタ、怪我の具合はもういいのか」
平服で城内をうろついている主君を見つけた第一声としては、たぶん間違っていないはずだと張遼は思った。傷から発する熱がすっかり下がったと聞いたのはつい昨夜のことだった気がする。
何もすることなくずっと寝所で大人しくしていられる男だとは、もちろん微塵も思わないが。
「おかげさまでな。最初のお前の手当てが良かったようだ」
「無理をしなければもうちょっと早く回復したと思いますけどね」
彼の無茶に付き合わされてすっかり開いてしまった自分の傷口も、ようやく塞がり始めたところだ。
この傷跡は消えないだろう。今までの傷がそうであったのと同じように。自分の傷も、彼が負った傷も。
「でも、お前は付き合ってくれただろう?」
そう言って目を細めて、何もかも見透かしたような表情で、笑う。
張遼はそれにずっとイラついていた。この男に何がわかるんだと、わかるはずなどないのに、と。
けれども彼は、もう知ってしまった。気が付いてしまった。
「あんな顔で『夏侯惇の元へ連れて行け』なんて命じられたら、付き合わないわけにはいかないでしょ」
「……そんなにひどい顔をしていたか?」
「そりゃあもう、人様には見せちゃいけないような顔ですよ」
傷だらけで、血まみれで、ぜえぜえと荒い息を繰り返しながら。自力で立ち上がることすらできないのに、その両目だけは爛々と光り輝いていた。
きっと『いつか』の自分もそんな目をしていたのだろう、と。その時、ついに張遼は気が付いてしまったのだ。
「そんな俺の顔を見て、お前は何を考えたんだ?」
「考えたというか、あー、こいつ死にそうだなー。死ぬかもなー。死ぬだろうなー。でも連れて行かなきゃ俺が後悔するだろうなー、って」
「なんかお前……素直で気持ち悪いな」
「はあ?」
聞かれたから答えたというのにひどい言い草だ。
自分たちは天下の才を持たなかった。それでも天下を目指した。
その背に負うのはどちらも、一人の男と、その強い想いだ。
曹操は夏侯惇を。張遼は――貂蝉を。
だからこそ張遼にはわかってしまった。曹操が背負ったものと、そのために選んだ道と、その強い決意を。きっと誰よりも明白に、彼の隣に並ぶ男よりも深く理解してしまった。
誰よりもわかってしまうからこそ、自分が行くことの叶わなかった道の、その先を進み続ける彼から目を離すことが出来ない。
張遼からすべてを奪ったのが彼だということを、忘れた日はないけれど。
「俺は間に合わなかったが、あんたは間に合った。それだけの話だ」
「お前のおかげでな」
「……ほんと俺、なんであんたなんかを助けちゃったんだろうな」
「間に合いたかったから、だろ」
また猫のように目を細めて――しかしこちらの考えを見透かしているのではなく、彼はわかっているのだ。張遼が彼のことをわかってしまうように、彼も張遼のことを理解している。ただそれだけのことだった。
張遼がそれに思い至るよりも先に、曹操が気が付いていたとしたら。
「あんたが俺を欲しがったのは、俺が何にも選ばれなかったからか」
「選ぶのは天の龍なんかじゃない。俺だ。お前もその方がいいと思ったからここに残ったのだろう?」
「さて、ね」
どちらもいけ好かない存在ではあるが、それでもどちらかと問われたら。
天の龍などよりも、彼の方がずっと。
原題『リンカネリバースゾンビが書いたリバース直後の張遼と曹操の話~リバース観てなくても大丈夫だよ編~』