スナイパー

「どうして撃たなかったんだ?」
 その問いかけとともに新八から手渡されたのは、冷たい井戸水に浸してよく絞った手拭いだった。ひんやりとしたそれを受け取った大山は半次郎に殴られた頬に当てながら、何が?と視線で問い返す。
「撃ったからこうして殴られたんだけど?」
 笑いながらとぼけてみせても、今日は誤魔化されてくれないようだ。何も言わずに、けれど何か言いたげにニヤニヤと笑ってるだけの新八に負けて、降参の意味を示すように手拭いを押さえていない方の手を軽く上げてため息をついた。
 この部屋には二人きりで、だからこれ以上取り繕う必要もない。
「大久保さんに、殺せとは言われなかった」
「殺せと言われたら?」
「撃ち殺したよ。確実に」
 その覚悟があるからこそ、逆上した半次郎の前でも堂々としていた。それは新八も見ていたから知っている。だからこそあの時、西郷が止めに入らなかったのだということも。
 士道を問うなら大山の行いは非道であろう。半次郎の言い分の方が正しかったはずだ。
 しかしこれは戦争で、ここは戦場で、だから大久保と大山の方が正しい。それはあの場にいた全員がわかっていることで、もちろん半次郎自身もわかっていて。だからあんなことを言い出した。
「でもあれは大久保先生の命令があったからで、そうでなかったらオレだって怒るぞ」
「ええー」
 なんでだよぉと頬に手拭いを当てたまま、眉尻を下げて情けない顔をする大山の手をひょいと取った新八は笑いながら、その人差し指の先を自分の胸に押し当てた。
「撃ったことじゃなくて、撃ち殺さなかったことを、な」
 今回は大久保に考えがあって、大山はその意図を正確に汲みとって、だからあの場で殺す必要はなかった。
 けれど戦場で相手を狙うのであれば。
「確実に射抜いて撃ち殺せ。そのつもりで撃て」
 迷わずに引き金を引く。たとえその弾が当たらなかったとしても。
「それが銃口を向けた相手に対する礼儀だ」
「……わかってる」
 真剣な表情で頷いてみせた大山に、今更言うことでもなかったかと新八がいつものように笑った。
 大山はいつか刀を捨てる。そして代わりに銃を握る。彼の才能を時代が求め、彼は必ずそれに応える。そういう場所に彼は立っていて、その覚悟を既に背負っている。
 あの男ーー坂本竜馬はきっと、人よりもずっと先にある未来の見据え方を大山に教えたのだろう。十年先、二十年先のこの国のために今の自分が何をすべきなのか。何ができるのか。そういう考え方を。
 それはいつか、どこかで自分を犠牲にする道だ。自分の想いを殺してでも進む道だ。
「その覚悟があるのなら、」
 とんとんと、大山の指を自分の胸に押し当てて、新八は目を細めて笑う。
「笑えよ。どんな時でも」
「新八みたいに?」
「せごにぃと大久保先生みたいに」
 自分たちが目指してきたのは、いつだってその二人なのだから。

 


初出:2016/11/06
タイトルはイメージですってか、つっこちゃんの曲。