第7話 ドンキでお買い物

 コンビニのない異世界には当然ドンキもなかったが、ドンキの上から下までごちゃごちゃとした「何でもある」雑然とした雰囲気は、大きな街の少し外れにあった道具屋を思い出させた。
 あそこも何だか色々置いてあったり吊るしてあったりしたなぁと思い出しながらフラフラしていた晃は、目的のものとは全く別の、あるものを見つけて直尚の名を呼ぶ。
「見て見てー。懐かしいだろ」
 そう言って首元に巻いたのは玩具の首輪で。
「うわっ、露骨に嫌そうな顔」
「晃……お前なぁ……」
「冗談だって」
 あからさまに不機嫌になった相手の反応に、何故かにこにこしながら晃は首輪を元の棚に戻した。
「やって良い冗談と悪い冗談があるだろ」
「でもさー、俺がこうやって冗談に出来るのはあの時、直尚が怒ってくれたおかげだから」
 向こうの世界で、初めて会った時に。何もかもを諦めていた自分の目を覚まさせたのは、『ぶん殴ってやる』という勇者の物騒な怒鳴り声だった。
「……いや、でもそれは、」
「うん、知ってる。半分は俺のために怒ってたけど、半分は直尚自身のために怒ってたんだろ?」
 それは、理不尽な世界への怒りだ。
 突然異世界に飛ばされて、異世界から来たからという理由だけで魔王討伐なんてものを押し付けられて。その道中で大切な仲間を失い、自身もまた死にかけた。
 結局のところ、直尚が勇者を押し付けられたのも晃が奴隷扱いされたのも『余所者』だったからに他ならない。この国の住民ではないから、この世界の人間ではないから良いだろうという世界の理不尽さと身勝手さに対して、疲れ果てていたところに目にしたのが晃につけられた首輪だった。
 ずっと城の中にいた晃は知らなかったが、勇者として世界の果てまでたどり着くような長い旅を終えた直尚は知っていた。”あの世界”に奴隷制度は存在ない。
 だから、彼が『余所者』だからこんな扱いを受けるのだ、と。直尚は怒りとともに瞬時に理解した。
「半分以上、自分のためだったような気がするけどな」
「それでも直尚の怒りで、俺の心は救われたんだ。そのことは変わらない」
「でも、」
「どうであれ、救われた側である俺が”そう思った”ことが大事なんだよ、こういうのは」
 首輪をつけられて城にいた間にあったことは、今でもあまり話したくはないけれど。全ては終わったこと、過去のことだと割り切ることができるのは彼のおかげだった。
 目を覚まさせて、城から連れ出して、首輪を外してくれた。そうすることを彼自身が選んでくれた。
「でもあんなに慌ててる呪術師を見たのは、後にも先にもあの時だけだな」
 王をぶん殴ってやると言って貴賓室を飛び出そうとする勇者を必死になって止めていた、仲間の呪術師の姿を思い出して晃は笑ってしまう。
「俺もあの時しか見てない気がする……もっとちゃんと見ておけば良かったな」
「お前が原因だろ。でもあいつとは付き合い長いんじゃなかった?」
「俺が”あの世界”に飛ばされてすぐに会ったから、まあ、確かに長いな」
 今頃、というよりも自分たちが死んだあと、向こうで何をしているのだろうか。直尚たちがそれを知る術は全くない。
「ところで、あんまり遊んでると夕食遅くなっちまうぞ。このあと食材も買うのに」
「そうだった! 鍋! 鍋のための鍋!」
 鍋をしたい、と言い出したのは晃だった。白菜と豚肉をたくさん煮込んだ鍋をするために、鍋らしい鍋が欲しいと言い出したのも彼だ。どうせだから土鍋だけでなく皿も含めて一式、二人分買い揃えようとドンキに足を運んだのをうっかり忘れそうになっていた。
「ポン酢ももう残り少なかったよな」
「買おう買おう。カセットコンロは?」
「ガスが止まった時にも使えるようにって、予備のガスも置いてある」
「わーい、こたつで鍋だー」
 ――元の世界に帰ることを完全に諦めた頃。二人で『戻ったら何をしたいか』をぽつぽつと語り合うことが時々あった。
 ドンキで買い物も、こたつで鍋も、その時語り合ったうちのひとつだった。

 

 

2020-01-07