カリムとのマンカラ勝負は、二回勝って三回負ける。
たかが遊戯、されど遊戯。ジャミルにとって勝てるのに負けなければならない勝負そのものへの悔しさは、子供の頃こそ大きなものだったが成長するにつれて次第に薄れていった。きっと自分でも気が付かないうちに小さく、少しづつ蓄積されていたのかもしれないが、それほど問題にはならない。
自分には相手以上の実力があるからこそゲームの勝敗をコントロールすることが出来るし、相手や周囲の人間に気づかれることなく負けることも容易い。そう考えることで、そしてそれ自体を習慣にすることで、自分の感情を守ることの方を選んだ。
二回勝って、三回負ける。繰り返し、繰り返し。
例の騒動の後、久しぶりのマンカラ勝負はジャミルの圧勝だった。
「やっぱりジャミルはすごいなー!」
「当然だろう」
ふんと嫌味っぽく鼻で笑ったところでこの相手には通用しない。けれどもジャミルの言葉に、そうだなーと答えながら腕を組んで盤面を眺めているカリムの様子がいつもと違う。
「どうした?」
「うん。オレもしかして、いつも同じような負け方をしていたのか?」
彼が自分で気が付くとは思わなかった。というか、今までは気が付きようがなかったのだろう。
なにか思考の癖のようなものが彼にはあって、だいたい同じ場面で似たようなミスを犯している。本人が気が付かないほど些細なものではあるのだが、それに気が付いた対戦相手がそこを突けば勝てるし、逆に放置すれば流れが変わるので負けてしまう。ジャミルにとっては勝敗コントロールの手のひとつだったのでもちろんよく知っている。
それにカリム自身が気が付かなかったのは、誰と対戦したところでカリムが勝利するように彼の世界が出来ていたからだ。
「いつも、というわけじゃないけどな」
「そっかー」
そうだったのか、となにか腑に落ちた様子で最後に手にしていた石を摘み上げる。光を反射してキラキラと輝くその宝石を、ただきれいだなぁと眺めていたのはずいぶんと遠い昔のことのように感じる。
これはただの、遊戯のための駒だ。石は石。遊戯は遊戯。
そうやって割り切ってきた。今までは。
それから数日、カリムがいろんな相手を捕まえては勝負を持ち掛けていることは知っていた。マンカラは単純なようでいて、だからこそ勝敗が運に左右されることがない。相手の先の先まで瞬時に読んで勝負に出なければならないゲームだ。
がむしゃらに回数を重ねたところですぐに上達するようなものではない。――そう、思っていたのだが。
「勝った……!」
五戦五勝。最後はあやういところもあったのだが、結果だけを見ればカリムの圧勝だった。
彼はいつもと同じように、同じような局面でミスをした。けれどもそれに気が付いて、あるいは最初から意識して、自力でその後の流れを変えた。いつもと全く違うゲーム展開に、ゲームとは違うところで動揺して即座に対応できなかったジャミルの完敗。
先日のフェアリー・ガラの時もそうだったのだ。ラストのダンス、いつも同じ間違いをする場面でジャミルのフォローを必要とせず、彼は自力で持ち直して途切れさせることなくジャミルに流れを繋げた。
少しずつ、今までとは何かが変わっている。それはうっかり見逃してしまいそうなほど些細なことで、ずっと隣で見てきたジャミルにしか気が付かないような、本当に小さな動きでしかないのだけれど。
それにしても、ジャミルにとって遊戯で負けてこんなに悔しい思いをするのは久しぶりだった。
「だけど……」
「ん? どうした?」
「なんでもない。ところで、まだやるのか?」
「やる!」
わざと負けた時の悔しさと、今感じている悔しさは違う。こちらはそれほど悪くはない、と思いそうになってしまった自分の心の声を打ち消すように咳ばらいをひとつして。嬉しそうに笑っているカリムの鼻先に赤い宝石を突き付ける。
「そうやって笑っていられるのも今のうちだぞ」
「わー! ジャミルの逆襲だー!」
――そうして次の勝負はジャミルの圧勝で終わり、負けたカリムは楽しそうに笑っていた。
2020-06-17