共犯者

刀ミュ/パライソ後の大倶利伽羅とにっかり青江。2021-09-28


 

 

「大倶利伽羅、ちょうど良かった」
 そう青江が声を掛けても、本丸の広い廊下で鉢合わせた相手から言葉が返ってくることはなかった。しかし聞こえなかった振りをするでもなく黙って立ち止まったので、こちらの話を聞くつもりがあるらしいことはわかる。
 それをしてくれるようになった相手と、それが自然とわかるようになった自分と。あれだけ長い任務を共に果たして来たのだから、と感慨深く思い入りそうになった青江は相手が立ち去る前に本題に入った。
「先日の任務の、報告書を見せてもらったんだ。島原の時の」
「そうか」
「君がわざわざ本丸まで戻って石切丸さんから借りていった、御幣の使い道が気になったからね」
 あの隊長は報告書に何と書いたのだろうか、そもそもあれのことを書いただろうか、と少し考える風にして眉間に皺を寄せた大倶利伽羅の顔を見て、まあそれについての記述はどこにもなかったのだけど、と青江が続ける。
「あれは鶴丸国永が使った」
「それだけ聞ければ十分な気がするよ。……報告書を読んで、ひとつ気になったことがあるんだ」
 なるほどそちらが本当の本題かと察した様子の大倶利伽羅が、青江の目をまっすぐに見る。
「報告書には『死んだ天草四郎の代わりを演じることにした』と書かれていたけれど、これを最初に言い出したのは鶴丸さんかな?」
「……たぶん、あんたの思っているとおりで合っている」
 問いに対する答えではなく、代わりに返された大倶利伽羅の言葉に、にっかり青江は頷いた。
 徳川家康だけが生き残り家臣たちがすべて死んでしまった先の任務と、天草四郎だけが戦いの途中で死んでしまった今回の島原での任務。遡行軍による介入の結果死んでしまった者に成り代わって、刀剣男士が彼らを演じることで歴史の流れを変えないようにしたーーという、報告書による結果だけを受け取れば同じように見えるが、実際の状況は真逆である。
 歴史の流れを知る者がそれを意識して徳川の家臣を演じなければならなかった先の任務とは違い、島原の乱における『天草四郎』という存在の、その不確実性ゆえに誰が演じても歴史が変わらないのであれば、別の人間に天草四郎を名乗らせれば済む話だった。後世に伝え残されていないだけで本当の歴史がそうであった可能性すらある。
 その状況下であれば、にっかり青江たちが先の任務で『徳川家康』に対して行ったのと同じように新たな『天草四郎』の周りをしっかりと固めて、歴史どおりに進むように助け、見守ることが今回の任務となっていたはずだ。
 だが、鶴丸国永はそれを選ばなかった。あの地で『天草四郎』を名乗る人間が直面するはずだったものーー次々と押し付けられるいくつもの期待や重圧、自分を中心として団結した集団の中に生まれる異常な高揚、凄惨な戦いに対する恐怖や絶望から逃げるように、縋るように救いを求めてくる人々の声ーーそういったものを胸のロザリオと共に奪い取り、ひょいっと自分の首に掛けてしまった。
「大倶利伽羅。君は、それを止めなかった」
 鶴丸が言い出した時点でその意図を察することが出来たのはおそらく、先の任務を経験し、そして鶴丸のことをよく知っている大倶利伽羅だけだったはずだ。
「止めたって聞くような奴じゃない、とでも言いたげな顔だね。まあ、それはわかるよ」
 石切丸が服部半蔵を名乗ろうかと言い出した時、自分も似たような表情をしていたのかもしれないと青江は思う。
 止めたところでそれを聞くような相手ではないし、相手がやらなければ違う方法で、似たような道を自分は選んだだろう。思うこと、願うものは同じで、選ぶ手段が違って、先手を打たれてしまった。それだけの話。
 ならばせめて、誰かのために厳しく険しい道を敢えて選んだ仲間のその選択に、その結果訪れる悲しみに寄り添っていようと思った。たとえどんなに強く見えていたとしても心が矛盾を抱えている限り、崩れ落ちてしまうのはきっと、ほんの一瞬のことだから。
 それを決して見逃してはいけないと思った。自分も、彼もきっと。

 

 少年の骸からロザリオを奪った鶴丸国永は、笑っていた。
 どうせ「今回は新しい道を見つけられそうだ。僥倖だな」くらいのことを考えていたのだろうと大倶利伽羅は勝手に思っている。本当のところは知らないし、知ったところで自分がすべきだと思うものが変わるわけでもないので知る必要もない。
 彼の意図も思惑も理解した上で、それを止めなかったのだから自分は彼の共犯者だ。片棒を担いだ責任くらいは勝手に果たさせてもらう。

 そうして大倶利伽羅は、自分が思うとおりに黙って行動し、片時も彼のそばから離れることなく。静かに、そして力強く伸ばされた手を振り払うことなく掴み取って、鶴丸国永は笑った。