手紙箱

小夜と松井。歌仙の手紙の話。2022/5/27


 

 蔵の扉が開いている。
 見つけたのは厨に野菜を届けた帰りの小夜左文字だった。誰かが閉め忘れたのだろうかと覗いて見れば、薄暗い蔵の中にはすっかり見慣れたジャージ姿の人影があった。
「松井さん?」
「ああ、小夜。ちょうど良かった」
 微笑みながら立ち上がった松井江が、ケホッと小さく咳をする。掃除も虫干しも定期的に行っている蔵は綺麗に整頓されているが、それでもやはり埃っぽい。
「だいじょうぶですか? 少し前まで寝込んでいたのに」
「軽い暑気あたりだよ。それで、良くなったから『これ』を収める箱を探していたんだ。はじめは万屋に行くつもりだったけど、使っていない空き箱が蔵にあると聞いてね。それなら余計な経費が掛からなくて済むと思って」
 説明しながら作業台に置いていた風呂敷の包みを解けば、中から出てきたのは大量の文だった。
「……ああ、歌仙ですね」
「そう。遠征先から毎日届くんだ」
 歌仙が出発する直前に倒れたのが良くなかった。もうすっかり良くなっていると伝えているのに、それでも毎日、長文の手紙が松井の元に届く。彼が遠征から帰還して顔を見るまでは、いくら言っても聞かないだろう。
 水分をしっかり取るように。ああ、でも取りすぎはよくないよ。あの薬草が効くそうだ。別の薬草と似ているので気を付けて。食事は特にこれがいい。なるべく加熱して食すように。もちろん睡眠も大切だ。まさか夜戦でもないのに夜更かしなどしていないだろうね?
「どうして見舞いの手紙が小言になるんだろうね」
「心配なんですよ」
「うん。わかってる」
 わかっているからこそ、こうして箱を探している。
 ――忠興様からいただいた見舞いの文の数々は、後世まで大事に残すように。そう松井の前の主である松井興長に命じたのはその父、康之だった。
 松井家と主家である細川家の繋がりを示すものとして、という政治的な意味もあるにはあったのだろう。しかしそれ以上に忠興の思いと心遣いに康之は感謝していた。それを確かなものとしてのちの世まで残しておきたいと、そう考えたのかもしれないと松井は思っている。
 小夜の名づけ親である細川藤孝の没後、歌仙の元の主・忠興の代の話だが、小夜もその頃はまだ細川家にいたのでよく覚えていた。
「懐かしいですね」
「だろう? だからしまっておくための箱を探しているのだけど……これなんてどうかな」
 そう言って棚の奥から引っ張り出したのは、菖蒲の花が描かれた木箱だった。
「良いと思います。歌仙も喜びますよ」
「どうかなぁ。どうして捨てないんだって小言を言われそうだから、こっそりしまっておくよ」
 手拭いで軽く埃を払って箱を開け、中身が空であることを確認する。先ほど解いた風呂敷を包みなおし、そのまま箱に収めた。
 みっしりと箱の中に収まっている様子を見て、松井は微笑む。
「彼のこういうところは、忠興様に強く影響を受けたんだね」
「こういうところ?」
「情が深いところ」
 彼が綴る言葉の数は、彼の思いの量でもある。
 それをよく知っていて、理解しているからこそ。小言の中にも相手を心配する気持ちが滲み溢れている、たくさんの文を手放すことなんてできるはずがなかった。