水のにおい

Free/まこはる 


 

 橘真琴は水のにおいがする。

 水と太陽のにおいだと遙は思っているのだが、人に説明できるような具体的な根拠はない。ただ、いつも隣に立つ真琴から時折ふわりと感じるだけだ。
 プールから上がったばかりの今ならばそれも不思議ではないのかもしれない。シャワーを浴びても容易には落ちない、消毒のための塩素のにおいを全身にまとわせているのは、けれど真琴だけではないはずなのに。
 着替えている最中のその背中にぺたりと触れる。いつものように伸ばされた手を水の中から掴んだ時には、相手の体温はとても高いと思ったのに、今は自分の手のひらの方が熱を持っているように感じられる。ひんやりとした広い背中にぺたぺたと触れていると、くすぐったそうに笑う声が聞こえてきた。
「なに? どうしたのハル」
 シャツを手にしたまま困ったように八の字眉を下げている相手に、なんでもないと言って手のひらを離した。
 水のにおい。太陽のにおい。
 音と同じで、水の中で泳いでいる時にはあまり感じないものだ。鼻から吐き出すのは水泡を作る空気、太陽は水中から見上げた時の水面の先にぼんやりと感じるもの。
 どちらも一番に感じるのはどんな時だろうかと考えて、思い至る。
(真琴の手を取って、水から上がる時だ)
 水中では感じられなかったすべての感覚が身体へ一気に戻ってくるその時に、真琴の顔が見える。その手を取る。だから感覚と彼とが繋がっているのだろうと、納得して遙は手を伸ばした。
 帰ろうか、と笑った相手の首筋に触れる。目を丸くする相手に構わず耳の後ろまで指をさし伸ばせば、水から上がった時に触れる手のひらと同じくらいの体温を感じる。
 そうしてふわりといつものにおいを感じて、ひとり満足そうに頷いた幼馴染をきょとんと眺めていた真琴は、不意に鼻先を遙の髪に寄せて呟いた。
「やっぱりハルは、水のにおいがするね」