初めて顔を合わせた時の、彼の印象はぼんやりとしている。
西郷は見た目からしてすでに強烈であったが、それだけではなく目を引かれるものがあった。西郷自身は鷹揚に構えおだやかな様子でありながら、周りの人間たちが西郷を中心にして動いていることはすぐに見て取れたからだ。そしてその隣で笑う大久保は油断ならない相手だと直感的に悟った。この二人は何があっても絶対に敵に回してはいけない。自分のところにもそういう人間がいるからよくわかる。
一方で、殺意を隠そうともしない目でこちらを値踏みするような視線を向けてくる中村と、警戒しながらもくりくりとした目を泳がせている別府はあまりにも対照的で、後に二人が従兄弟同士であると聞いた時には大変に驚いた。
そんな彼らよりは後方の、しかし西郷に何かあればすぐに剣を向けられるような場所で笑う村田は明らかに大久保と同類の気配がした。結局その後も彼と接することは特に多くなかったのだが、最初の印象はそう間違っていなかったのだろうと今でも思う。問題は、その隣にいたはずの大山だ。
山縣が何度思い返しても、目の前で楽しげに笑っている男の第一印象が思い出せない。というよりも、恐らくなかったのだ。何も。こんなにも大きくて嵩張る男に対して何もないとはどう考えてもおかしいと自分でも思うのだが、少なくともあの時の彼にそんな存在感はなかったはずだ。
西郷と大久保の後ろで、村田の隣で。ただ静かにそこにいるだけの男。
何故そんなことを急に思い出したのかと言えば、いま目の前にいる男がその時の印象に年々近づいていることに気が付いたからだ。やたらとやかましかったのはもう随分と昔の話になってしまった。その代わりとでも言うように体格の方はどんどん大きくなり、「食べすぎです」と容赦なく彼の腹をつついた奥方の美しい顔を眺めたのはつい先日行われた夜会の時だったか。
「どうされました? 山縣閣下」
「いや、お前がやかましかったのはあの戦の前だけか、と思い出してな」
「唐突ですねぇ」
「柄にもなく、少し懐かしくなっただけだ」
あの中途半端な明るさにはそれなりに理由があったのだと。今更のように思う。
もちろんいつも何やら楽しそうな様子であることは、今も昔も変わらない。平時でも、戦場にあっても。大将である彼のその底抜けの明るさで、厳しい戦況をいくつも持ち堪えてきた。それを知っているからこそ、それが彼の計算の上に成り立っているのだと山縣は気が付いてしまっている。
にこやかに、おだやかに。時折冗談などを言って場を和ませながら、大きな体でそこにいることを求められる、茫洋たる風格を持つ大将。
それが何を意味しているのか、誰を模しているのか。山縣は確かに知っていた。
初出:2018/02/07