ちょうど寝たところですよと言いながら笑った乳母が部屋を出て行く、そのタイミングを見計らったかのように、赤ん坊が泣き出した。
今この部屋には自分一人しかいない。だから仕方がない。火がついたように泣きじゃくる赤子を、そーっとゆっくりと揺り籠から抱き上げる。
少しでも力を込めれば潰れてしまいそうなほど、ふにゃふにゃと柔らかく、驚くほど小さく、そして熱かった。こんなに小さな身体のどこから声を出しているのだろうかと思うほど大きな泣き声に閉口しながら、泣き止んでくれーと頼みながらゆらゆらと揺らしてみる。
赤子の扱い方など知らない。あやし方など考えたこともない。見よう見まねで揺らしたり適当でデタラメな歌を歌ったりしているうちに、ふぇ、ふぇ、と泣き声も小さくなってくる。
「おうおう、良い子だなァ」
ようやく泣き止んだ幼子が大きな目で恐れることなく、じっと自分を見ていることに気がついて思わず苦笑を浮かべてしまった。確かに自分は泣く子も黙る大海賊だ。しかしそれは、決してこういう意味ではないと思うのだが。
まあいいか、と笑いながらしばらく赤子のやわらかな鼻先を軽く突いたり、真白い産着の裾で濡れた頰を拭ってやる。
あうあうと何か言っているこの幼子もやがて大きくなり、いつか船に乗るのだろう。知らないことを知るために、まだ見ぬ何かと出会う、その日のために。
「世界はまだ、こんなにも面白いからな」
仲間たちと共に、帆を張って海に出る。父親である自分と同じように、海原を駆けながら生きていく。
「だからなぁ、泣いていたらもったいないぞ。……なんつってな」
初出:2019.7.19
強めの幻覚っていうか過去捏造って言うんですよこれ。