招待状を持っている者しか入れない店内で秘密裏に行われていたのは、出所や由来が不確かな怪しいものばかりが集められて出品される、いわゆる闇オークションだった。
「どうやって手に入れたんだこれ」
「タマルに作らせた」
「なるほど偽造招待状」
持つべきものは手先が器用な仲間である。そのタマル本人は既に店員として、店の護衛として雇われたブレグマンと共に会場へ潜入している。
偽の招待状を手に招待客として潜入するのは、髪を綺麗に整えて慣れぬ盛装に身を包んだ船長と航海士だった。
「ドラコにも散々言われたと思うけど、余計なこと言うなよ。するなよ」
「わかってるって」
「ほんとかなぁ……お前が一番心配なんだよ船長」
「ドラコは?」
「あれが一番うまくやるだろ」
ーーある島で不定期に開催される闇オークションに、あのキューブリックのマスターキーが出品されるらしいという噂が海賊たちの間に流れたのは数ヶ月前のことだった。
最後の秘宝『パンドラ』に至るためのセカンドトレジャー。その存在を知り、尚且つ必要とするのは海賊たちだけである。しかし闇オークションはその運営に陸軍が噛んでいるため、というよりも陸軍の資金源のひとつであるために、海賊たちが容易には手を出せない領域であった。
なぜそんな場所に出品されるのか、そもそもいったいどこから入手したのか。訝しく思いながらも噂の真相を確かめるため、あの手この手を使って海賊たちがなんとか潜入を試みている。オークションに参加するバイヤー席を見回せば、海のどこかで見たことがあるような顔がいくつも並んでいた。
「あいつらどうやって入ったんだろうな」
「俺たちと同じように偽造したか、本来の参加者から奪い取ったか。まあそんなところだろう」
「なあ、あいつらが買い取ったブツをあとから奪う、とかじゃダメなのか?」
「もちろんそれも考えたけどな、ほら、あそこ見てみろよ」
ウィリーの疑問に答えたダーヴィッツが顎で小さく示した先を見れば、それこそ見たことがある大男が澄ました顔で座っていた。
「あ、うさちゃんだ」
「いくらなんでも、あそこより高額を出せる海賊はこの海にいない。あそこに買い取られて、あとから奪い取る力はうちにはまだない」
「ないか」
「ないな」
大男の名はベル・ラビット。海賊王ピーター・アイアデールが最も信頼している副船長がわざわざ来ているのだ。それだけ本気だということだろう。
二人が誰にも聞こえないようにそんな会話を繰り広げている目の前で、オークションは順調に進められている。次の5点の紹介です、という司会者の言葉と共にテーブルに並べられた4点の中に目的のそれはあった。
少し大振りの、一見するとただの古びた鍵。しかし会場中の視線はそれではなく、テーブルの隣に置かれた椅子に座った青年に向けられていた。
売られたのか、囚われたのか。鎖で手足の自由を奪われた、憂いた横顔の美しい青年も出品物のひとつだった。詳細は言えないがさる没落貴族の息子で、父親の借金のカタとして売られてきたのだという。さすがに気品がある、という何も知らないのであろう近くの席の男たちの言葉に、本当に顔だけは良いからなぁとダーヴィッツは必死で笑いを堪える。
その横で、大人しく座っていること自体がもう限界だったらしい船長が、わーいと無邪気に手を振った。それに気がついた壇上の青年は、苦笑しながらも律儀に手を振り返す。
そんな二人の様子を見た男たちーー招待客に紛れていた海賊たちが密かに席を立って会場を出て行った。中には呆れたようにため息を吐いている大男の姿もある。
あのウィリーとその仲間たちが、またロクでもないことを企んでるらしいと察したのだろう。
「まあ、こんなところで巻き込まれたくないよな」
わかるわかる、と深く頷きながら航海士は、事前の打ち合わせどおりに片手を上げて合図を送る。それは闇オークション壊滅の始まりの合図でもあった。
「でもさぁ、陸軍に目をつけられてまでやるべき作戦だったのか、これ」
五人で暴れるだけ暴れ、壊せるだけ壊して嵐のように撤収したウィリー海賊団の船長は、奪ってきたお宝を眺めて首を傾げた。
正確に言えば、わざと奪われて回収した偽物のお宝である。
「だからこそ、これがキューブリックのマスターキーだと奴らは信じただろ」
手首に残ってしまった拘束の痕を確認する没落貴族の青年、という大嘘を吐いていたドラコが答えればダーヴィッツがその先を続ける。
「そして誰も本物を見たことがないから、真偽の確かめようがない」
「俺たちがでっちあげた非実在のお宝だからな!」
本物などこの世のどこにも存在しない。本物の秘宝を自分たち以外の海賊から引き離すための、目眩しのためのセカンドトレジャー。けれども海賊たちは信じたはずだ。あの海賊王も含めて。
パンドラの箱に至るためにはこの鍵が必要である、と。
初出:2020-02-25 ぷらいべったー