そもそもの始まりは、ドラコとダーヴィッツが港の酒場で出会った一人の男だった。海賊にしては珍しく口がよく回る男で、一時的に仕事を共にする相手としてはどうにも信頼できそうになかったのだが、うまく目的が一致したので信用はすることにした。
「俺はオークション会場の裏方に潜り込んでやりたい事がある。でも一人だとさすがに色々厳しくてな。あんたらが表側で暴れてくれればこっちも助かる。騒動に紛れて目的を果たすのも、もちろんあんたらの勝手だ」
さすがに他の客に聞かれては困るからと取っていた二階の部屋に呼べば、大して警戒することなくついて来た男が淀みなく事情を説明する。男の前に座っているドラコとその隣に立つダーヴィッツは互いにチラリと視線を合わせて、頷いたドラコが口を開いた。
「お前、海賊だろ? キューブリックのマスターキーが目当てではないのか」
「いずれは手に入れるつもりだけどな。それは今じゃない、というか、俺たちの狙いは出品物じゃなくてあの店の内部にあるものだからどうしても裏方に潜り込みたいんだよ」
「へぇ」
なるほどねぇと一応は納得する。話の筋は通っている。
オークションに出品される海賊たちの秘宝、キューブリックのマスターキーを競り落す、或いは実物を確認するだけならば他の多くの海賊たちがそうするように会場への招待状さえ手に入れれば良い。危険を冒して裏方に侵入する必要などない。
けれども彼には別の目的があり、その必要があるから、同じ必要と別の目的を持つドラコたちと手を組まないかという提案になる。
「こっちもここまで手の内を明かしたんだ。是非ご協力いただきたいな」
「内部に潜入するまでの手引きを共同で行う。その後はそれぞれの目的を果たすために別行動、からの流れ解散」
「後日、海で遭遇しても知らんぷりの恨みっこなし。ってところか」
「いやぁ話が早い。おかげで今回の仕事は楽に済みそうだ」
「あんたの名前は?」
「ダスティ・ウエストブルック。どこの海賊団所属か、までは言わない方が良いよなお互い」
「ま、どうせそのうち海で会うだろ」
口のよく回る男というのはこういう時に便利だった。彼の上に立つ者もそう思ったからこそ、この仕事を任せたのだろう。
ダスティの口八丁手八丁にタマルの作った偽の手紙。それだけでオークションの主催者をうまく騙すことができた。あとはドラコが偽の出品物として、目的の品と一緒に壇上に上がるタイミングを待つだけである。
「あんたらほんとに運が良いんだなぁ。幸運の女神でもついてるのか? 分けてもらいたいもんだ」
「前置きが長いな」
「出品リストが出た。あんたが壇上に出るのはそちらさんの目的のものと同じ回だよ」
ほら、とダスティは両手を拘束されているドラコに見えるように羊皮紙を見せる。そこには確かに、彼が言うとおりの順番が記されていた。
「あとは打ち合わせどおり」
「俺たち、特にウチの船長は基本好き勝手に暴れるから、巻き込まれないように上手く逃げろよ」
「戦うことよりそういう方が得意なんでね」
それじゃあ、とあっさり別れる。後腐れがなくて良いことだ。そう思いながらドラコが大人しく、しおらしく見えるように物言わぬ品々と一緒に控室で待っていると、幾度かの出入りの後「ついて来い」と呼び出された。
男たちに言われるとおりに移動して、壇上の椅子へゆっくりと腰掛ければ、先に台の上に置かれていたキューブリックのマスターキーに向けられていた客席の視線がそのまま自分へと集まるのがわかる。確かに運が良い、程よく舞台が整った、と思ったところで客席でわーいと手を振る男が見えた。
こんな場所でそんなことをする相手など、ドラコは一人しか思いつかない。
何やってんだあいつは、と呆れながらも悪い気はしなくて。珍しい盛装姿もこれで見納めかぁと少し残念に思いつつ、それでも彼にしては持った方であろうと苦笑を浮かべながら手を振り返してしまう。
そんな副船長の姿を見て満足げに笑う船長の隣で、仕方ないなぁとでも言うようにため息をついた航海士がスッと手を上げる。それは事前に打ち合わせておいた作戦開始の合図だった。
初出:2020-02-29 ぷらいべったー