月餅

「ここに月餅がある」
 そう言って曹操がおもむろに懐から取り出したのは、確かに大きな月餅だった。何もこんな風の強い丘の上で出すものではないだろうと夏候惇は思うのだが、彼の行動が唐突なのはいつものことだ。
「ひとつしかない」
「そうだな」
 見ればわかると適当に頷いて、腕を組み直す。槍も酒も置いて来てしまったせいで手持無沙汰だった。仕方がないので、いつもより真面目に曹操の話を聞いてやる。
「月餅はひとつしかない。が、俺はこれをお前と食べたい」
「それなら簡単だ」
 そう答えた夏侯惇は月餅をむんずと掴み、両手を使って二つに割る。そして僅かに大きい片割れを曹操に差し出した。
「こうすればいい」
「お前の答えはいつも明瞭だなァ」
 聞かずとも最初からわかりきっていたであろう夏候惇の答えに、それでも満足そうに目を細めて笑って。差し出された、半月型になった菓子を受け取る曹操の顔を夏侯惇はじっと眺める。
 彼がこうやって遠回しに何かを含むような、謎かけのような話をする時は大抵、何かを決めようとする時だ。
「お前とだけでなく、曹仁たちとも分け合うにはどうしたらいいと思う」
「最初からもっと大きな月餅を用意すればいい。いや、数を用意すればいいのか?」
「まあ、そういうことだな」
 彼の中で答えは決まっていて、あとは動き出すだけ――その直前に曹操が求めるのは、複雑に絡み合う糸を一度すべて断ち切るような夏侯惇の言葉なのだろう。
「分け合った方がいい。お前がそれを求めるなら、なんでも」
「天下も」
「そりゃたくさん必要だな」
 天がひとつでないのなら、当然その下にある天下もひとつではない。
 曹操が本当に求めるものを夏候惇は知っている。彼が掲げた旗の先に見据えるものを、他の誰よりも理解している。
 だからこうして隣に立って、半分に分けた月餅をもぐもぐと平らげて。 
「お前に孤高は似合わねぇよ」
「そんなことを言うのはお前と曹仁くらいのものだな」
 溜め息のような声も、苦笑も、強い風に飛ばされてしまったので、夏候惇はただ肩を竦めるだけに留めた。

 

 


初出:2017-04-05 ぷらいべったー