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青春鉄道と刀剣乱舞のクロスオーバー二次創作。
明治末期の東海道本線と加州清光のお話。
2023.11.19 ガタケット176 発行 詳細:紫雨文庫・BOOKS
明治四十二年十月。本線を名乗る。その証として『刀』を賜った。
事前に刀の希望を問われたが、明治生まれの自分が詳しく知っているはずもなく、自分でも名前を知っているような名刀はそもそも選べない。いくつか候補を用意してもらい、その中から井上さんに選んでもらった。
このために新しく用意された拵えの、漆黒の鞘も柄も艶やかに輝いている。まるで見慣れた蒸気機関車のようだ。
自室に戻って、ゆっくりと刀を抜いてみる。触れるだけで斬れそうな刃と並ぶように、すうっとのびる波紋はひたすらにまっすぐで、華美な様子はひとつもない。
実直で、実戦的。実用のため、だからこそ堂々と美しい刀。
あの井上さんが自分のためにこれを選んでくれたのだと思うと、自然と背筋の伸びる思いがする。自身と周囲に自覚さえあれば刀など、本線格たる象徴など不要だと思っていたが少し考えを改めた。これが彼の願いであれば、自分はそれに応えなければならない。この国の『最初』として。
そうしてかつて井上さんから教わったとおりに刀身を鞘に納めて、顔を上げる。
――目の前に一人の青年がいた。
自分以外には誰もいない筈の部屋に、音もなく気配もなく。
「……、誰だ?」
「あれ? 俺のこと見えるの?」
驚いているのはこの部屋の主である東海道本線の方だというのに、おかしいなと不思議そうに青年が首を傾げる。それから東海道が手にしたままの刀を見て、ああ、と納得した様子を見せた。
「ひとりで勝手に合点するな」
「それ、十二代目の清光の作だ。だから俺の姿が見えるようになったのかもね」
「清光?」
「加州清光。加賀藩の刀工。そんで、あんたの護衛として派遣された俺の名前は加州清光。六代目長兵衛清光の作」
めちゃくちゃな自己紹介だったが、なぜかすとんと腑に落ちた。
人ではないことは最初から明らかだった。かといって自分たちと同じ存在とも思えない。なのにどうしてか懐かしさを感じてしまう相手。
「日本刀、か?」
「そう。刀の付喪神。あんたと同じ、鉄から生まれたモノ」
「なるほど、だからこそ俺たちは――」
本線を名乗る。その証として『刀』を賜った。
時代の変化の象徴として。
青年の腰には一振りの刀がある。自分の腰にも真新しい拵えの刀がある。
それは同じようで、少し違う。護衛として派遣されて来たという彼の刀は、やはり実戦のために所持しているものなのだろう。対するこちらの刀といえば、鉄道院によって布告された「國有鐵道線路名稱」において定められた主要路線、本線の象徴としてのものだ。
そもそも明治九年に廃刀令が出て以降、市中で刀を履いているのは制服を着た軍人や警察など限られたごく少数である。彼らが履用する軍刀の見た目は西洋式のサーベルで、刀身には日本刀が仕込まれていると聞いているが。
「陸を走る蒸気船の仲間だから陸蒸気」
「蒸気船は知っているのか」
「それくらいはねー」
突然東海道本線の目の前に現れた青年――加州清光が「機関車を間近で見てみたい」というので新橋駅へと連れてきた。晴れ渡る秋の空に向かって煙を上げ、発車時刻を待っている大きな車体。
「同じ鉄でも、刀は時代遅れ?」
「ただ時代遅れというだけの存在なら、俺たちの象徴としては選ばれないだろ」
「象徴、ね。俺たちはただの武器だよ。あんたは新しい時代の象徴かもしれないけど」
「それを言うなら俺たちだって、本来はただの乗り物だ。もちろん新しい時代の象徴だという自負はあるけどな」
新しい時代の、新しい政府の、一大事業として走り出したのだから。
誰もが一目見てわかる近代化の象徴。そういう意味で鉄道の存在はあまりにも大きい。
「まあ確かに今は武器よりも乗り物の方が必要な時代にはなったかもしれない。それでも、大事なものは変わらないんじゃないか」
「大事なもの?」
「人に望まれて、人と共にあること」
東海道本線の答えに納得して頷いて――だからこそ、と呟いた清光の言葉は、東海道の耳には届かなかった。
汽笛を高らかに鳴らし、轟音を立て、黒煙を上げて発車した機関車が牽く客車の列が途切れたその向こう側。
「お、おい、加州清光、なんだあれ」
「詳しいことは内緒だけど、あれが俺たちの敵。あんたを狙ってる奴ら」
おどろおどろしく青白く光る武器、刀や槍を持った異形のモノたちの群れ。ざっと見て十体ほどはいるだろうか。目を凝らしてよく見れば人のようにも見えるし、全く別の生き物のようにも見える。
「どう見ても人間じゃないぞ⁉」
「それをあんたが言うー?」
「いや確かに俺もお前も人ではないが」
そういう問題ではない。敵意を向けられているのは清光だが、殺意を向けられているのは明らかに東海道である。狙いは明白で、だからこそわからない。
「なんで俺を狙うんだ⁉」
「その話はあとでゆっくりしようねー」
「そうか、そうだな。いや、お前ひとりであの数を相手にするのか」
「俺、こう見えて結構強いんだよね。とはいえ、見えてないだけで他の仲間もちゃんと加勢に来てくれるから安心して」
なるほど護衛として派遣されているのは彼一人ではないらしい。敵があの数で来ることを予想していたのならば当然か、と言われるまま物陰に隠れる東海道を安心させるように、清光は笑ってみせた。
その目が既にギラついている。戦闘こそが彼の本分なのだと、否応なく理解させられる。
「じゃ、おっぱじめるぜぇ!」
本人が言ったとおり、素人目に見ても加州清光はとても強かった。
いつか連れられた道場で見たことがある、稽古着を纏った男たちのそれよりもずっと荒々しい太刀筋。特に至近距離から繰り出される突き技は見事なものだった。瞬く間に敵の姿は霧散し、そして東海道の元まで辿り着いた敵もいなかったので、東海道の目には見えないだけで加勢は間に合っていたのだろう。
「刀だから強いのか」
刀を納めて戻って来た清光にそう言葉を掛ければ、相手は目を細めて笑ってみせた。
「鉄道だから走るのが速いの?」
「いや、……そうだな。日頃の積み重ねの成果だ」
素直に言い直してから、ふと東海道本線は自分より小柄な相手の顔をまじまじと眺める。
「どう見ても俺より若く見えるのに、年上に諭されている気分になる。いや実際年上なんだろうが、なんと言うか、」
「『井上さん』に似てる?」
「全然まったく似てはいないんだが……自分が鉄道の中で最年長のせいだろうな。年上らしい態度を取られると、不思議な感じがする」
それでも以前は自分より年長の人間の方が多かったのだ。今は同じくらいか、少し下の世代が現場の主力となりつつある。
「時代がちょっと近いから、余計にそうなるのかもね」
東海道が持っている刀は十二代の清光で、彼は六代目の清光の作だと言っていた。単純に計算しても江戸初期に作られたことになるだろう。それが江戸も終わりの生まれの井上さんと時代が近いとは、どういうことなのだろうか。
「ああ、俺の元の持ち主と、ってこと。『井上さん』の生まれって?」
「天保十四年生まれだ」
「じゃあほとんど同じくらいの年だったんだ」
諸説あるけどね、と答えた清光が目を閉じる。その眼裏にはきっと、かつての持ち主の懐かしい姿が浮かんでいるのだろう。
刀だから使用者、持ち主がいる。自分たちにとっての利用者、乗客とはまた異なるのだろうが、彼もまた人との関わりの中にある存在だ。
自分とは違うが、近しい存在。同じようでいて、少し違うもの。そこまで理解したところでとりあえず落ち着いてしまっていたが、そもそも彼は何のためここにいるのだろうか。護衛とはどういう意味なのだろうか。
なぜ、あのような得体の知れない敵に自分は狙われているのだろうか。
「加州清光、話の続きは」
「報告のためにいったん本拠地へ帰らないとだから、また今度ねー」
「は?」
じゃあまたね、と笑って。現れた時と同じ唐突さで青年は消えてしまった。
<続>