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一文字則宗×加州清光
時は文久三年・京都。時間遡行軍による歴史改変の兆しあり。
報告を受けた清光たち六振りは敵の目的を探るため調査任務を開始する。
2022.07.23発行 詳細:紫雨文庫・BOOKS
二、
その日、京の都はたいそうな賑わいだった。
「なにせこれが二百三十七年ぶりというからなぁ」
「何が?」
「帝が内裏を出ることが、さ」
大行列を一目見ようと賀茂川に集まる人々に紛れた加州清光と一文字則宗は、姿を見せ始めたきらびやかな列を遠くから眺める。
屋根に輝く鳳凰を乗せた、帝の乗り物である御鳳輦(ほうれん)には孝明天皇、前後に従うのは百を越える臣下たちと、馬上の将軍家茂。列の行き先は賀茂御祖神社及び賀茂別雷神社。その目的は攘夷の祈願。
文久三年三月十一日。孝明天皇の賀茂行幸である。
「ここも特に問題はなさそうだね」
晴れた空の下で、この人混みの中で、敵の姿どころか気配も感じられない。
はずれだったかーと肩を竦める清光の横で、黙って列を見つめていた則宗が口を開いた。
「だと、思うのだが……」
「どうかした?」
「何かこう、あの行幸に対して引っかかるものがある」
珍しく歯切れの悪い則宗が、そのまま首を傾げる。
「しかし何が引っかかっているのか、僕自身もよくわからない」
「ふうん? あの列、前にも見たことがあるの?」
「いや、無いはずだ。――ああ、そうか。見たはずがないのに、なぜか覚えているような気がしている」
だから違和感が残るのだろう。行幸そのものであれば何度も見ているから既視感を覚えているのかもしれないが、それとも何か違う気がする。どこか座りの悪い気持ち悪さ。
「宿に戻ったら皆と主に報告しておこうか」
「それが良いだろうな」
未だ何もわからない手探りの状況だ。どんなに些細なものであっても、判断の材料は多くあった方が良い。
*
時の政府からの指令を受けた審神者によって部隊が編成され、この時代に飛ばされたのは賀茂行幸より数日前のこと。
今回の任務は場所と時期だけが特定され、詳細については何もかもが不明というひどく曖昧なものだった。改変による後世への影響力も測定不能。
感知されたのは敵の大きな動きや改変の予兆などではなく、時代の流れに対する小さな違和感のようなもの。おそらく、これから何かを起こすための準備が水面下で行われている状況なのだろう。
「と言っても、文久三年だからなぁ」
「それー」
和泉守兼定の言葉に清光が同意し、堀川国広がうんうんと頷いた。
西本願寺の裏手にある、大きな旅籠の一室。この場にいるのはため息をついている三振りと則宗を合わせた四振り。まずは揃って新選組の様子を見た後、同じく土佐藩邸の様子を見に行った陸奥守吉行と肥前忠広とはこの部屋で合流する手筈になっている。則宗以外の五振りにとっては勝手知ったる幕末、京の町だ。
「なるほど、こういう時のために僕がいるのだな」
「つまり?」
「文久三年だとどうして困るのか、坊主たちに改めて説明してもらうためさ」
幕末に強い縁がある刀たちにとってはわかりきっていることでも、第三者に説明することで新しい視点に気が付くこともあるだろう。見落としている問題点が見えてくることもあるかもしれない。則宗の言葉に頷いた清光と堀川が説明を始める。
「映像作品なんかで『時は文久三年』って、主題を問わず死ぬほど聞いたナレーションだよ。将軍が江戸から上洛したこの時期の京都に、どれだけの勢力が集まってると思ってるのさ、ってね」
「あまりにも事件や出来事が多すぎます。ただ、逆に言えば、本当に次々と事件が起こるので歴史の流れも自動補正されやすいみたいです」
「ひとつの事件の流れを多少変えたところで、すぐに起きる次の事件で辻褄を合わせる。歴史の大きな流れは変わらない、ということか」
死ぬはずだった者が生き残ったとしても、次の事件で命を落とす。まだ死なないはずの誰かが命を落とせば、同じ役割を持った誰かが代わりとして立てられる。小さな歴史が変えられても大きな歴史の流れが変えられることはない。常時ではあり得ない、混乱期だからこその乱暴な補正力だ。
本当は個々の歴史も守ってやりてぇけどな、という和泉守のこぼれる様な呟きを否定するものは、この場にはいなかった。
「そういうわけだから、小さな改変は多少見落としても問題ない。って言うか何も特定されていない今のこの状況じゃ、正直拾いきれない」
だからこそ、補正力を超えるほどの影響力がある変化が起これば、そこから元の流れに戻すのは他の時代よりも苦労すことになる。
「できれば事が起こる前に片を付けたいんだけど」
「たとえば、八一八の政変はどうでしょうか」
堀川の言葉に和泉守が首を振る。
「大きすぎるな。そこが変えられようとしているのならもっと大きな影響が観測されて、何かしら特定されているはずだ」
「ということは、今すぐどうこうなるって話じゃなくて、後々になってから影響が出てくるもの?」
「歴史の流れを大きく変えてしまうほどの大事件ではなく、小さくても決定的になってしまう正しい歴史との違い――後世の解釈が大きく変わってしまうもの、か」
「それが何か、分かれば話は簡単なんですが」
「面倒だが地道に調査を続けるしかなさそうだな」
やれやれ、と和泉守のため息に重なるようにして、聞きなれたにぎやかな足音がひとつ。それを追いかける静かな足音がもう一つ。
「遅うなってすまんの! 土佐藩邸に異変はなかったき」
「ちょうど良かった陸奥守、肥前。これからチーム分けするから」
「チーム分けだァ?」
「そう。肥前は堀川と組んでね。陸奥守は和泉守と。俺はじじいのお守り役。以上」
は? え? という声を無視して手を叩いた清光に、この時代のこの場所では当然、良くも悪くも最も気心知れた相手である陸奥守と組むものと思っていた肥前が反論しようとする。
「おい、加州」
「隊長命令でーす。さっきそこのじじいも言ってたけど、俺たちはこの時代に馴染みが深すぎる。ちょっとした違和感も『そういうもの』だと無意識に流しちゃうかもしれない。その場合、特に和泉守と堀川、肥前と陸奥守はいろいろと近すぎるから、一緒に見落としちゃうでしょ」
「それはそうかもしれねぇが」
「僕は大丈夫です。陸奥守さんなら安心して兼さんをお任せできますし」
「おい国広、オレが任される側だろうが」
やいのやいのとやかましい身内のことは気にせず流して清光は話を続ける。
「俺とじじいは御所の裏、朝廷と薩摩藩を中心に見て回る。和泉守と陸奥守は島原を拠点にして情報を集めながら、幕府側の動向を探る。改めて言うまでもないと思うけど、二条城と所司代は特に注意しておいた方が良いかもね」
「おう、まかせちょき!」
「肥前と堀川は祇園周辺の各藩の動向……長州と土佐、これから動きが増えるだろう勤皇党も見てもらいたいんだけど」
わかりました、と答える堀川の横で黙っている肥前に、清光はまっすぐに向き合った。
「俺たちは何度もこの時代に来てるけど、肥前はうちの本丸に来てから、普通の任務としては初めてでしょ。辛かったら無理しなくていいからね。これは思いやりとか親切心とかじゃなくて、一人が無理した結果全体がピンチになったら困るからっていう隊長判断」
「わかってる。おれが無理をしているように見えたらいつでも外せ。その為におれと堀川を組ませたんだろ」
「はい! 任務中は僕がしっかり支えますね!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「大丈夫そうだね」
「清光、お前は大丈夫なのか?」
そう言って和泉守が則宗を指さす。あまりにも遠慮がないその態度に、指さされた本人はうははと面白そうに笑っていた。
「俺、今回は主から直接、じじいの面倒を見るように言われてるんだよね」
「へえ?」
「幕末の、この時期の京都には政府にいた頃もあまり来ることがなくてな。まあ僕も特に問題はないとは思うのだが、念のためだ」
ここには彼が――沖田総司がいるので。