「蓮の花を?」
「そう、花を愛でていたと言っていたが……あれは確かに蓮の花だった」
いつかの平泉での三日月宗近の様子を問われて答えた膝丸の言葉に、問い主である小狐丸は少し考えるように目を伏せた。
「岩融殿」
「うむ、なにか?」
「蓮と言えば『一蓮托生』の語源は、確か仏教の言葉でしたね」
陽射しのあたたかい縁側に並んだ二人の後ろで、手入れをしていた薙刀を自身の左側へ静かに置いた岩融が、そのとおりと腕を組んで頷く。
「浄土信仰、だな。蓮華は浄土で咲く花。死したのち、浄土で同じ蓮の花に生まれることを願う言葉だ」
「同じ蓮の花に?」
岩融の話に、不思議そうに膝丸が首を傾げる。この話にはそもそも元となる話があるのだと、ちらりと小狐丸に視線を向けた岩融が再び口を開いた。
「多宝仏が釈迦仏に座を半分譲ることで、共に座ったという話が法華経にあってな。蓮台、蓮の台、はすのうてなと呼ぶのだが、これは浄土で仏や菩薩、或いは浄土に生まれた者が座るものと言われる」
「なるほど。仏像が座っている花は蓮の花だったのか」
「そうそう、それよ。それの半分を譲ったということだ。これを『半座を分く』と言う」
納得した様子の膝丸に岩融が笑いかける。それからそっと、薙刀の置いていない方、右側の床を指先で撫でた。
紫色に染まる雲の先は浄土に続くと言われている。後の世も、また後の世も巡り会うことを誓ったかの主従は、きっとその浄土で同じ蓮の花に生まれるのだろう。それこそが一蓮托生である。
「蓮の台の半座を分かつ、という言い方はそこから来ているのですね」
「ああ。生まれ変わったら浄土に咲く、同じ蓮の花に二人で座る。死後も変わらず共にあることを花に願う――まあ、我らには関係のない話ではあるな」
そこが浄土であれ、他の何かであれ、人ではない自分たちが行き着く先ではない。自分たちは人ではないモノなのだから。
例えばどんなに望んだところで、人である誰かと半座を分かつことは出来ず、誰かが待つかもしれない蓮の花に辿り着くことは出来ない。
だからこそ小狐丸にはわからないのだ。
「三日月殿は――」
分かちたいと願ったのだろうか。その想いの代わりに花を供えたのだろうか。
どんなに繰り返しても最後は首だけの姿になってしまう彼に。
「三日月殿には小狐丸殿がおられるだろう。悩みを抱えていた俺の隣にいてくれたように」
「それは、」
「もちろん、我らも。それが仏用語ではない方の、一蓮托生よ」
元の意味から転じて生まれた新たな意味。それは浄土に生まれた後のことを願うのではなく、いま生きているここで、最後まで運命を共にするということ。
「三日月殿が何を想っているのか、何を考えているのか俺は知らぬ。知らぬが、その隣に座ることは出来る。今この時のことであるならば、浄土の蓮台を分かつ必要はない。そうであろう?」
「それで良いのでしょうか」
「小狐丸殿はそれを選んだように見えたが」
岩融が笑いながら問いかければ、大きな狐は諦めたようにため息を吐いた。
「まあ、そうですね。それしか出来ない、と言った方が合っているかもしれませんが」
「待て待て、何の話をしている」
「我ら刀剣男士の話、ですよ」
ねぇと笑った小狐丸に振られて、そのとおりであると岩融も笑う。
全く意味がわからないと一人釈然としない膝丸は、けれど声を掛けてきた時に感じた憂いが晴れたような様子の小狐丸にそっと安心した。
自分にはなんだかよくわからないが、本人が何か納得できたのならばそれでいい。それが膝丸の考え方だった。
2018/02/14