和泉守×陸奥守
初出:2020-01-12
その本丸は比較的設立が古く、大勢の刀剣男士たちが既にそれぞれの関係を築き上げながら生活していた。
肥前忠広が資料で読んだ普通の人間の集団生活と大差ない。主である審神者の方針や、顕現の時期や順番の違いによって本丸ごとの差異はあるが、基本的にはさほど変わりはないと聞いている。
だから本丸内で和泉守兼定と陸奥守吉行の派手な言い争いを見かけても、肥前にはさほど不思議なものであるとは思えなかった。
どちらも元の主の影響が強く、その元の主同士は同時代の違う陣営に所属していたものだ。意見の相違や考え方の食い違いといったものも、ここで出会うまで全く関連のなかった刀同士よりも多いだろう。そういう意味では、自分も彼らとの付き合い方を考えておかなければなるまい。
と、思っていたのだが。
「肥前さーん!」
裏庭に面した廊下を歩いていた肥前の姿を見つけて、きれいに畳まれた白い布の山を抱えたままぱたぱたと駆け寄ってきたのは堀川国広だった。同じ脇差なので何かと顔を合わせることが多く、まだここへ来てから日が浅い肥前が気兼ねなく話をすることができる数少ない相手でもある。
「どうした」
「兼さん見かけませんでした? 洗い過ぎたシーツをむっちゃんさんと一緒に運んでもらったんですけど、二人とも戻って来なくて」
「……、あー、」
見た。確かに見かけた。大量の白い布と共に。
今朝は連日降り続いた雨がやっと上がり、久しぶりに雲ひとつない快晴が広がっていた。
綺麗好き、というよりも、人のように家の仕事をすることを好む連中が張り切って、本丸中から寝具のかけ布をかき集めていた。ついでに大事な布を回収されそうになっていた山姥切国広の全力逃走なども見かけた。
「和泉守と陸奥守ならあっちの部屋の縁側に転がってたぞ。かけ布も畳んでたみたいだな、途中までは」
「ああ、……お昼寝してますね?」
ポカポカの陽気の中で、陽射しを浴びてカラッと乾いた洗濯物に囲まれて。睡魔の誘惑に抗えなかったのだろう。
仕方ないなぁと苦笑した堀川が抱えている布の山を、半分ほどひょいと取り上げながら肥前は問いかけた。
「こいつを運ぶの手伝うから、少し話、いいか」
「ありがとうございます! そしたらこれは倉庫に運ぶ分なので、行きがてらお話ししましょう。そのあとは厨房のお手伝いに行くつもりだったので、よかったら肥前さんも一緒にどうですか?」
「……行く」
人が増えていつも忙しい厨房の手伝いをすると、味見と称したつまみ食いを合法的に許される。場合によってはおやつも出る。真剣な面持ちで頷いた肥前は、それをつい先日知ったばかりだった。
「恋人」
山のように積み上げた布を、倉庫の決められた棚に納める手を止めて。きょとんとした堀川は耳にしたばかりの言葉を繰り返した。
「恋人……恋人かぁ……」
「やっぱり俺の気のせいでなく、なんか違うよな?」
「でも、兼さんがそう言ったんですよね?」
「ああ」
「それなら、それで間違い無いと思います」
はっきりとした堀川の答えに、肥前は聞く相手を間違えただろうかと一瞬考える。けれども黙々と作業を再開した彼以外に聞くべき相手などいないだろうこともわかっていた。隣で手伝いながら肥前は話を続ける。
「俺にはよくわからない。だけどわからないで放置しておくこともできない。……まあ、一応、他よりも関係のある刀だからな」
今後は同じ部隊で出陣することも増えるだろう。長期遠征の可能性もある。だから不安要素は事前に潰しておきたかった。
もちろんそれだけではなく、単純な好奇心があることも否定はできないのだが。
「たぶん、ですけど。あの二人を普通に言い表すなら『相棒』なんですよ。戦場で背中を預けられる相手としての」
なるほどそれなら肥前にも理解できる。いつも派手に言い争っているように見えて、その中身は必要な認識を擦り合わせる行為であることにはさすがにもう気がついていた。
互いの考え方や戦い方の方針が違うからこそ、それをよく理解しているからこそ事前によく話し合って確認する必要がある。日常でも、戦場でも。彼らはその声が少し大き過ぎるだけだ。
そうやって何度もよく確認するからなのか、それとも根本的な部分では同じなのか。戦いの場での彼らの動きはぴったりと息が合っている。相手を見ていなくても次の動きがわかっているし、それに合わせたり、逆に合わせてくることを当然のこととして動いている。
それを言葉で言い表すのならば、確かに『相棒』なのだろう。しかし。
「兼さんの『相棒』は僕ですから。兼さんはそれを誰にも譲らないでしょうし、僕も絶対に譲りません」
「土方歳三の二刀、か」
「はい」
「……和泉守にとっての『相棒』はお前、堀川国広以外には考えられない。だから陸奥守は『恋人』と。……いや、やっぱりおかしくないか?」
「うーん、お二人が実際にそういう関係なのかどうか、さすがに僕も聞いたことはないので……気になるなら肥前さん、聞いてみます? 非番の夜中に二人きりでどこに出かけてるのか、とか」
「いや、それは、ちょっと、」
さすがに野暮というか、出歯亀が過ぎる気がする。二人で町に飲みに行っているのだろうと、わかってはいるのだが。
「そうなると、兼さんがそう言うならそうだと思う、としか僕には答えようがないんですよ。特別仲が良いのは本当のことですし。まあ、むっちゃんさんがどう思ってるのかはわかりませんけど」
陸奥守の本心を引き出すのは難しいだろう。笑って適当に、ふわりとかわされるだけであろうことはわかっていて、だから肥前も和泉守に聞いたのだ。
『あんたにとってあいつはどういう存在なんだ?』と。そして返ってきた答えが『恋人、かな』である。
「仲が良い、っていうのはまあ、本当なんだろうな」
先ほど見たばかりの、縁側で並んで昼寝していた姿を思い出す。片や結んだ長い髪を流して大の字になり、片やその隙間に埋まる犬のようにくるりと丸くなり。あまりにも無防備なその寝姿は、隣にいる相手への信頼の証だ。
「和泉守も疑問形で答えてたから。はっきりとは認識してないのかもな」
「ちょっと難しいのかもしれませんね。たとえば兼さんが『戦友』と言ったら新選組の仲間の方が優先されるはずですから」
「あー、そうか。そもそもの所属が違うのか」
それはあくまでも過去の、元の主と共にあった頃の話である。けれどもその『過去』こそが、自分たち刀が刀剣男士として顕現するための核となっている以上、無視することは決して出来ない。
過去の上に成り立つ今の関係性。それは少しずつ積み重ねて形になり、認識し、いつか言葉に表して。
「しかしそれなら、恋人で良いのかもな」
「あれ、納得できる答えが見つかりました?」
「『恋は盲目』って言うだろ」
「……、あっ、なるほど」
あれは確かに恋ではない。どう見たところでどちらも相手に恋い焦がれる様子には見えない。
けれども自然と、意識する前から相手を目で追っている。互いにそうしているからこそいつも必ず目が合う。だから隣にいることが増える。何かあれば遠慮なく言い争っている。絶対の信頼と共に背中を預けている。
その特別な視線を向けていることも、向けられていることにも無自覚な二人は盲目的で、確かに恋をしていると言えるのだろう。
「てことはアレだな、馬に蹴られる前に退散」
「言葉の使い方がちょっと違う気がしますけど、同意です」
そう答えて堀川は、ため息をつくように笑って。最後の布を棚に納めた。
「さて。厨房で甘いものでも頂きましょうか」
「……希望できるのか?」
「朝餉の小鉢用の豆が少しだけ残ってて。歌仙さんが甘く煮詰めようかって言ってたはずですよ」
「よし、行こう」
堀川について本丸の手伝いをしていれば自然と食べ物にありつけると、覚えた肥前がすっかり放置した南海太郎朝尊が鶴丸国永と共に巻き起こしたトラブルが発覚するのは、もう少し先の話だった。