慶応甲府監査官顛末記 - 3/6

三、土方の二刀

 

 金色は、堀川国広が本丸に来てからその視界に増えた色だ。
 長曽祢虎徹の首元で跳ねる髪。蜂須賀虎徹の鎧の輝き。兄弟の被った布からこぼれ見える毛先。それからもうひとつ。
「則宗さん、もしも手が空いているなら手伝っていただけますか?」
「うはは。立っているものはじじいでも使えってな」
 渡り廊下で笑いながら閉じた扇を腰に差した男のふわふわと跳ね遊ぶ髪が、午後の光を拡散させている。眩しそうに目を細めた堀川は、抱えていた籠の中身を相手に見せた。
「栗?」
 平たい竹籠の中にはつやつやとした栗が、ころりころりと山盛りに転がっている。
「兄弟が山でたくさん取ってきてくれたので、栗ご飯にしようと思いまして」
「なるほど栗の皮剥きか。教わってもいいかな?」
「あれ、初めてでした? 下ごしらえしておいてよかった。そのままやるより剥きやすくなっていますよ」
 それじゃあこれを持ってちょっと待っててくださいねと、言われたとおり籠を持ったまま則宗が待っていると、水を張った大きな器と小刀を手に、座布団を小脇に抱えて戻って来た。
 縁側に座布団を二枚、ぽふんと敷いて、その間に器を置く。器の横に籠を置いた則宗は、これは膝にかけてくださいねと大きめの手拭いを渡された。
「至れり尽くせりだなぁ」
「お手伝いは得意ですので! あ、今はお手伝いしていただく側ですが」
「言われたとおりに栗を剥くだけだがね」
 そうして渡された小刀で教わったとおりに、黙々と栗の皮を剥く。
「わあ、覚えるのも作業も早いですね」
「堀川の坊主が教え上手だったおかげだな」
「ありがとうございます。この分なら思ったより早く終わりそうです」
 ふふっと笑いながら、器の水の中に剥き終えた栗を次々と入れていく。
 この本丸の初期刀である歌仙兼定はすっかり厨の主のようになっているが、他にも作業をするために何かと厨へ入り浸っている刀は多い。人と同じように繰り返す炊事や掃除、洗濯といった日々の営みを、特に好んで行うものたち。堀川国広もその中の一振りだ。
 基本的にはどれも交代制になっているのだが、気が付くと当番でもないのに手伝っている姿をよく見かける。
「お手伝い、助手、――相棒」
「気になりますか?」
「同じ『土方の刀』でこれだけ違いが出ると、少しな」
 和泉守兼定と。近しいと言えるのは、隊長を支える立場としての「副長」という言葉を好んで使うあたりだろうか。
 もちろん同じ主の元にあったからと言って、その性質までもが同じようにはならないだろう。たとえば加州清光と大和守安定が全く同じかと言えば、似通う部分は多いけれど、という答えになる。
「刀派も作られた時代も違いますし、兼さんは打刀で僕は脇差ですから。江戸以降は打刀と脇差の二刀差しが決まりでしたから、やっぱり支える側の存在という意識は少なからずあるんじゃないかなと思いますけど」
 何度か尋ねられたことがあるのだろうか。用意していたようにすらすらと答えたあと、初めて作業の手を止めた。
「やっぱり僕が『土方歳三の刀だから』、だと思います」
「と言うと」
「近藤勇の相棒として、その隣に立ち続けたかった土方歳三の想い――そう言えば則宗さんには伝わりますか?」
「……ああ、なるほど」
 新選組局長近藤勇と、副長土方歳三。組織のトップに立つ男を、唯一無二の相棒として支える存在。それが京における土方歳三の望みだったとすれば、近藤を失った後はその想いも行き場を失って。
「そういうものが、僕の中に残ったのかなと思っているんです」
「和泉守兼定の相棒である堀川国広の中に」
「はい。まあ、僕が勝手にそう思っているだけですけどね」
 幕末の京都で名を馳せた、新選組副長土方歳三の脇差、堀川国広。それが彼をかたち作るもののすべてだった。
 鳥羽伏見以降の銃砲飛び交う戦場ではなく、京の市中で、近藤や仲間たちと共に戦った時代に生まれた強い想い。それを強く残したものが自分という脇差であるならば。
「僕は兼さんの最高の相棒でありたいと、そういう刀剣男士でいたいと思うんです」
 元の持ち主や、その活躍した時代からの影響の受け方は個々に違う。彼は土方歳三という男の、そういった一面がいっとう強く出たということなのだろう。
「最後まで変わらず、隣に立ち続ける存在か」
「……はい」
 叶うことのなかった願いの、その先に。今は二人で立っている。