幻水/ルカ×坊ちゃん。2013/08/02
死の街は静寂に包まれていた。
これこそが彼の求めている景色そのものなのだろうと思う。誰もいない。何の気配もしない。ただ自分の足音だけがひどく響き渡るその世界の中で、それを求める彼の本意を確信してしまう。
狂気に包まれているように見える彼は、けれどどこまでも正気だ。本当は自身が何を求めているのかわかっていて、だからこそまっすぐに突き進むことができるのだろう。
他に何も見たくなくて、進むことしか出来なかった自分とは違う。そして、その強さに、惹かれる。
丘の上の建物は、都市同盟が使っていた評議場の他にも控えの間などがいくつもあって、下から見上げた時の予想よりずっと広かった。
見張りの兵は街の門前にしかおらず、彼らも丘の上にいるとしか聞かされていなかったようで、結局、他には誰もいない広い建物の中をひとりで探し回る羽目になる。
石畳みの硬さを直に感じさせない上等な敷物の上を、きょろきょろと廊下を見回しながら歩く。扉が開け放たれた部屋をいくつかひょこりと覗き、年月を感じさせる木の手摺を撫でながら階段を登れば、探し人は最上階のテラスで見つかった。
無人の街を見下ろす、その隣りに並ぶ。
「遅かったな」
「呼びつけて出迎えもしない人とかくれんぼをしていたからね」
「この俺に出迎えを要求するか」
ふんと鼻で笑う。ひどく上機嫌だ。
「貴様も見ろ。この浄化された、静寂の街を」
「浄化、ねぇ」
死こそ浄化であると言って憚らない彼の主張は聞き慣れた。彼の凶行を止めることなく、ただ隣に立つことを選んだ自分には、反論も批判もできない。
肌をじりじりと焼き続けているというその憎悪の炎も、この静けさの中でなら少しは癒されているのだろうと思いながら、この場所へ自分を呼んだ意図を見上げる視線で問う。
自分は確かに彼が憎む都市同盟国でも、そして皇国の者でもない。けれど不老の呪いを受けているとはいえ一応、生きている人間だ。彼の求める静寂には似つかわしくないと、そう思ったのだけれど。
「ここなら、その紋章の呪いも意味をなさないだろう」
まさか彼がそんなことを考えていたとは思っていなくて、相手を見上げたままぱちぱちと瞬きをする。確かに、この右手に宿るのはひとの魂を喰らう紋章だ。だから誰もいなければ、例え力を抑えきれずに暴走しても被害は出ないのだけれど。
「君がいるじゃないか」
「そんな紋章ごときで死ぬ俺ではないわ」
「……生きるつもりもないくせに」
死の街の静寂は、死後の世界そのもの。
この静寂でしか癒されることのない彼の魂の、行きつく先への予感から目を逸らした。
まだ、今はまだ。