本来の彼はただの、こと戦闘という場面においては本当に普通の人間である。
芸術家サーヴァントの戦闘能力の低さは誰もが知っている事実だ。その中でアンデルセンよりも弱いと言われた彼の戦闘力は皆無に等しいだろう。本人の言ったとおり、あの異様な外装によって補強されているだけに過ぎない。
その外装の由来はひとまず置いておくとして、けれども彼が奏でる鍵盤の音色があの雷帝の動きを弱めたことは事実である。
戦闘ではなく、演奏だ。
『この音楽を解析したら何か今後、役に立つこともあるかもしれないと思ってね』
異聞帯、という現象の名が判明しただけで出たとこ勝負であることは次も変わらない。この先何が起こるのか全くわからない。あまりにも予測不能の只中にあるからこそ、事前にあらゆる手を尽くす。
「君が――カルデアのレオナルド・ダ・ヴィンチが今までやってきたとおり、かな」
『そうだとも』
音声だけなので姿はわからないが、ホームズの言葉に対してきっと胸を張っているのであろう少女の声にかぶさるように、プシューっと音を立てて扉が開いた。同時に、というよりも開くのが待てないというように扉の隙間に身体をねじ込み、一人の男が部屋に入って来た。
「これは誰の演奏だ!」
「アマデウス?」
ひどく珍しく真剣な面持ちで、けれど一呼吸置いてゆっくりと再生機のスピーカーに近づいたサーヴァントは、それから目を細めて微笑んだ。
「これは、サリエリだね?」
『そう、アントニオ・サリエリの演奏だ。Dies irae――怒りの日』
「僕の曲、いや、正確に言えば僕の曲ではないけれどそんなことはどうでもいい」
凍土の異聞帯に呼ばれなかった彼は、今回の出来事を知らない筈だ。この部屋へ来る前に多少の説明は受けたかもしれないが、それを真面目に聞いたかどうかわからない。ただ、彼の耳は聞き分けたのだろう。そして何が起こっているのか把握した。
彼が知る生前の演奏者は、このような演奏をする男ではない。このような音色を響かせることができる男ではない。ということは。
「いや、すごい! 本当に素晴らしい! 彼にこんな演奏をさせるなんて、僕は本当に天才だな!」
「……そういうところだと思うよ」
ボーダー内であれば君の魔力でも一人くらいは召喚できるだろうと、アマデウスを連れてくるよう頼まれたのに召喚してすぐに置いてけぼりをくらった立夏が、溜め息を吐きながら部屋へと入ってきた。そんなマスターの様子にはお構いなしに、もう一度、もう一度聞かせてくれと神の愛し子と呼ばれた稀代の音楽家は大層はしゃいでいる。
彼のこの様子を見たら演奏者自身はどんな顔をするのだろうかと、もう一人の天才芸術家は黙って録画装置を起動させた。
2018-04-10