不再流浪

羅小黒戦記/師弟出立の後


 

「あら、じゃあ小黒ちゃんは館にはいないのですね」
 館から頼まれていた花を届けに来た帰りに小黒の姿を探していた紫羅蘭は、若水から経緯を聞いて眉尻を下げた。
「残念ですね」
「うん、でも会えないわけじゃないし、それ以上に良かったなって思ってて」
「良かった?」
 まだ小さく、人間の世界に慣れていない小黒にとっては館にいる方が安全だ。人間に正体を隠す必要もなく、それにまつわる不自由もない。妖精の仲間たちもたくさんいる。それでも無限と一緒にいる方が小黒の為になるのかもしれない。なにより本人がそれを望み、選んだのだから。
 それは紫羅蘭も理解できることなのだが、そう言いながら若水の両耳はぺたんと垂れたままだった。
「居場所を探してた小黒が無限様の側にいたいって。無限様と一緒にいることが小黒の居場所だって。それはたぶん、無限様自身の居場所でもあるんじゃないかなって思ったから」
「……私たち妖精が、無限様に用意できなかったものですね」
 無限は妖精ではなく人間だ。だが、既に普通の人間ではない。妖精と同じように長い歳月を生きて、けれども妖精たちの館に彼の居場所はない。
「良かったなって思う。でもそれは、私の勝手な感傷だなって」
 両耳だけでなくふわふわのしっぽまで力なくぺたりと落ちている。そんな若水の目の前に、紫羅蘭はポンっとオレンジ色の花を咲かせて見せた。
「今の私は明確な答えを持っていませから、隣で一緒に考えることしかできません。元気を出して欲しいと勝手に思って、こうやって花をお渡しすることしかできませんけど」
 若水の小さな、やわらかな手に花を渡して紫羅蘭は笑う。それをじっと眺めていた若水の両耳が、ようやくぴょこりと立ち上がった。
「お花は好きなので、嬉しいです」
「それなら良かった」
 今はまだ。けれど、この先は違うかもしれないから。