「御身ひとつで英霊七騎を召喚なさる、と」
呆れた様子の女武者の声は、けれど涼やかに石造りの壁や床に響いた。その歩みに合わせて小さな金属音を奏でる、異国のあざやかな彩の甲冑を身に纏い、手には湾曲した片刃の槍、腰には鞘や柄に細やかな装飾を施した、長い剣を佩いている。
まっすぐに伸びた背に流れる、長く艶やかな髪。張りのある穏やかな声。白い額から伸びる二本の角。
「国を統べる王がそこまで身を犠牲にしなければならぬほど、この国は追い詰められているのですね」
女の言葉に、王は歩みを止めて振り返った。
「我が身を犠牲にした覚えはない」
「……まあ、そういうことにしておきましょう」
笑いながら目を細めて、しかしそれ以上追求することはない。そういう主君に慣れている、とでも言いたげな顔だった。
「生前の私がいた場所とは時代も地域もあまりに違いますが、聖杯の知識、と言うのでしょうか。ある程度は把握しております」
「だからまずは戦況を確認したい、か」
「ええ。ですが、実はここに来るまでの間に、私の目的はほぼ果たされているのです」
しっかりと固められた階段を踏み締めながら昇れば、女の長い髪が強い風に揺れた。広野を見渡すことができる最上階に現れた二人の姿を見て警備の兵たちが笑顔で駆け寄り、明るい声で王に挨拶を述べ、見慣れぬ女武者にも親しく声をかける。
ここは強大な女神を相手にした人間たちの、絶望的なまでに厳しい戦いの最前線。多くの犠牲を払いながら造られた、堅牢かつ長大な要塞。数多の魔獣から人々を、その生活を、国を守るための最後の要所。
そんな場所にあっても兵たちは笑顔を忘れていない。王と語らう者たちの喜びに満ち溢れた声を聞きながら、女はそっと目を閉じる。
懐かしき戦さ場の匂い。心地好い戦士たちの騒めき。そして、彼らが心から慕う王の存在。
彼の王が民からいかに慕われているのか、この場所を訪れるために並んで歩けばすぐに知れることだった。王らしく尊大な言葉で、戦時らしく厳しい態度で、けれども民たちに向ける視線は常に優しい。
人々の上に立つ者。人々を導く者。人々に愛される者。人々を愛する者。
そんな男を、女武者は確かに知っていた。他に似ているところなど全くあるはずもなく、面影を重ねることもないけれど。
「どうしたセイバー」
「巴、と申します」
鬼種の末裔。一騎当千の女武者。
ただ一人と決めた主君を心から愛し、常にその傍らで戦い、最期の時を共にできなかった無念を抱えた女の影法師。
一度は生を終えた身。この世界にとっての仮初の客でしかないけれど、だからこそ為せることがある。この身だからこそ為すべきだとわかるものがある。だからこそ、自分はこの場所に呼ばれたのだろう。
「貴方が、貴方の愛する民と共にあるために。貴方を心から愛する民たちの、その願いのために」
寄り添って、手を取り合って生きる人々のために。
「私は死力を尽くしましょう」