A3/劇中劇「任侠伝・流れ者銀二」の二次 2020-03-01
組織を裏切って許された男が辿る道は二つある。再び裏切るか、更なる忠義を尽くすか、そのどちらかだ。
一度は龍田会を、若頭を裏切った茂木が選んだのは後者だった。若頭時代の頼りなさが嘘のように、腹を据えて新たな組長として堂々と立ち回る龍田の股肱の側近として、常に彼を支えている。そんな茂木に対して最初こそあれこれ言っていた他の組員たちも、その姿を見て態度を改めるほどの忠誠ぶりだった。
「そこからどうして、こうなったんでしたっけ?」
ベッドに腰掛け、サイドテーブルに置いていた煙草に火をつける。ふーっと紫煙を吐き出した茂木の背後で、大きな枕に顔を突っ伏しているのは龍田その人だった。振り返った茂木はその背に彫られた、見慣れた龍虎に話しかける。
「つーか、組員が組長抱くのってありなんですかね?」
「そんなこと……俺が知るわけないだろう」
「ですよねー」
きっかけは覚えているのだが、どうしてそういう流れになったのかお互いさっぱり覚えていない。酔った勢いだったのだろう。その後もこうして情事を重ねているのは、うっかり相性が良かった故の惰性のようなものだ。
これも義兄弟の契と言えば、まあそうなのだろう。たぶん。
「でもどうせ、お前は親父のかわりに俺を抱いてんだろ」
彼が本当に忠義を尽くしていたのは先代と、龍田組そのものだった。そのことを子供の頃から見ていた龍田はよく知っている。
彼にとっての自分の存在は、なにかの代わりでしかないのだ。偉大な先代の跡を引き継いで組を守るため、そのためだけの。
しかし「何を馬鹿なことを」と軽く鼻で笑うだろうと思っていた茂木の反応は、龍田の予想に反していた。
「違ぇよ! オヤジさんには抱かれたかったんだよチクショウ!」
「そうだったのか……」
「あっ」
いつでも隙のない彼にしては珍しく、うっかり本音を言ってしまった、と言う様子だった。確かに先代は男が惚れる男の典型のような人ではあったのだが。
「でもな謙坊、いや親分さん。一度は裏切って殺そうとした俺を、許してくれたのはあんただ。今ここにある俺の、この命はあんたに救われたもの。そんなあんたの代わりなんざどこにもいやしない」
「そうか」
組長が組員を守るのは当然のこと。例えばそれが、自分を裏切ろうとした男であったとしても。それが組を守るためであったのなら尚更だ。
そういうところは本当に、オヤジさんにそっくりだと笑いながら、茂木は短くなってしまった煙草を灰皿に押し付けた。