ダンスホール

 華やかなドレスが舞う豪奢なダンスホールの中で、気づけば彼を目で追ってしまう。すらりと長身の彼は群れの中でも目立つし、なにより自分が師となってダンスを教えたのだから、その成果が気になるのは当然のことだ。
 どこぞの侯爵夫人と一曲を共にした彼に、するりと近づいた男が省高官の中でもあまり素行の宜しくない者だと、気が付くよりも先に身体が動いていた。
「どうした?」
 周囲に何事かと気づかれぬよう小さく低く声を掛ければ、 男は驚いて彼の手首から指を離す。
「何か問題があったなら、私が引き受けるが」
「いえ、問題など」
 思わぬ相手の登場に愛想笑いを浮かべながら尻ごみする男を丁寧に追い払い、そんな相手の背を冷めた目で見送る彼――東北本線に向き直った。
「何か言われたか」
「口にするのも不快だね」
 そう言って相手への嘲笑とも、自嘲ともとれる笑みを口元に浮かべる。
 彼はこの晩餐会に招待された客人だ。しかし国への買収を前提とされた、日本鉄道の代表代理という立場。
 それでなくても東北出身者への風当たりの強さは、御一新からそれなりの月日を経た今でも不快なほどに目につくことが多い。
「西の」
「なに?」
「途中で抜け出したら怒られるかな?」
「……俺と一緒なら大丈夫だろ」
 なにせ自分は東海道本線様なので。
 そう答えればようやく彼はいつもどおりに笑って、軽く目を細くした。
「それじゃあ、その東海道本線様に連れ出してもらおうかな」
「お望みとあれば、どこへでも」