白っぽい絣の浴衣に深緑の帯。きゅっと固く小さく結ばれた、お手本のような貝の口が少し意外だった。
この人、着付けできたのか。彼の性格から言って、誰かに着付けてもらうということはないだろう。
縁側に座し、蝉しぐれの中で腕を組み、何やら思索に耽っている、ように見えるがたぶんただぼんやりとしているだけだろう。何も考えていないように見えて本当に何も考えていないことがあるこの人のことだから。
「よく、お似合いですね。ご自身で?」
「昔、兄が」
「ああ、お兄さんの見立てでしたか」
それもまた意外なような、納得できるような。
普段の制服のまま隣に並ぶのも何かおかしいような気がして、縁側に向かって障子を開け放った座敷に腰を下ろす。
こんな店をいったいどんな経由で見つけたのだろうかと、不思議に思うほど外の喧騒とは無縁の空間だった。動きを持つものは、微風に揺れる深緑の葉と、夏の光を弾き返す小さな水面。
そしてただ、蝉しぐれだけが。
「お前も、持っているだろう」
「浴衣ですか?ずいぶん長いこと新調していませんから、古いものなら」
「そうか」
小さく答えて、頷いて黙り込む。いつものことながら勝手な人だ。非番に呼び出して、その理由も説明することなくこうやって無言の時間を過ごす。
不快ということはなく、いっそ心地好いと感じ始めたのは付き合いが長くなったからか、それとも出会った初めの頃からだったのか。そういえば始めて顔を合わせた時に、自分は彼に対して何を思ったのだったか。
「待っているから」
「え?」
思考を不意な言葉で断ち切られて、不用意な声を上げてしまう。小さな失態に胸の内だけで舌打ちすれば、初めて少しだけ振り返った男が口を開く。
「こちらの宿舎に置いているのだろう。持って来てお前も着ると良い」
確かに東京ではなくこちらの宿舎に昔の所持品は置いたままにしているし、宿舎からここまではそれほどかからない距離だ。
しかし無駄に二度手間で、最初から持ってこいと言えば良いだけの話だろうと腹立たしく思いながらも立ち上がる。
上官様がご所望とあれば、従うしかあるまい。
取って参りますと答えて部屋を出る前に、一度振り返る。既に夏の庭に向かって何かを考えている風の男の、自分のそれよりも少し小さく、しかし安堵を覚えるような広い背中に目を向ける。そうしてその背に向かって一礼してから、音もなく戸を閉めた。
きゅっと結ばれた貝の口。結ぶのが巧いのならば解くのも巧いのだろうと、そんなことを思いながら。
ーーたまの休みを浴衣で過ごし誰を待つやら蝉しぐれ
*改めて読み返してて思ったんだけど宇都宮くんこんなに殊勝じゃないな。これ空想上の宇都宮くん。