Free/タイトルそのまま。冒頭だけ。
明るい光に包まれたその建物を見て、山崎宗介はぞっとした。
何度も何度も訪れたここは、見捨てられ朽ち果て、解体を待つだけの廃虚となっていたはずだ。その姿を自分は何度も目にしてきた。何か手がかりがありはしないかと、僅かな希望と共に。色褪せた過去の思い出以外には何もなかったのだが。
それなのに、今この姿はどうしたことか。何があったというのか。
(何かが起こったことは確かだ)
けれどそれは、宗介自身が起こしたものではない。自分は前回も失敗したのだから。失敗して、失敗して、失敗を繰り返してまたここへ戻ってきた。
あの夏の夜に目の前が真っ暗になって、気がつくといつも、見慣れた景色が目前に広がって絶望した。ざわざわと音を立てながら身体中の血の気が引いて、会場を埋め尽くすような歓声がひどく遠いものに感じる。
親友が日本に帰ってきて最初の大会。これから先にあるはずの選手生命を投げ出すかのような暴挙。地方大会とはいえ、彼らの、彼の名前は悪い意味で記録に残ってしまったはずだ。これから世界を目指す彼の経歴に、決して残してはいけない傷だ。
馴れ合いが悪いとは言わない。そうしたいのなら勝手にすれば良い。けれどなぜ、そこに彼を、親友を巻き込んだのか。決して簡単には許せるはずがなかった。
けれど身体中の血の気が引いて、くらりと眩暈を起こしながら絶望するのはそのことではない。
自分はこの場所で、この光景を、もう何十回と目にしている。数えることもできないほどに繰り返されている。いつもここから始まって、一年後、あの最悪の真夏の夜に終わる。
そうしてこの場所に戻ってくるたびに、自分はまた失敗したのだと絶望する。
何度も繰り返し模索しながら、最悪の結末を回避するにはどうしたら良いのかと、誰にも気づかれることなく幾度も同じ一年間を繰り返してきた。何度も、何度も。けれど結末を変えるどころか、そこまでの流れのひとつも変えることはできなくて。
それなのに。一体、誰がこの大きな変化を引き起こしたというのか。誰か自分以外にもこの異常な事態に気がついている人間がいて、自分と同じように人知れず暗躍していたというのだろうか。
廃虚になっていたはずのスイミングクラブが再建され、大会の一件によって誰の目から見ても最悪になっていたはずの岩鳶と鮫柄の関係が良好になっている。
そして何より親友が、松岡凛が昔の彼に戻っている。触れるもの全てに噛み付くような刺々しさが消えて、明るく、面倒見の良い、そして何よりも論理的な彼に戻っていた。
こんなことは、自分が経験した繰り返しの中では一度もなかったことで。戸惑い、苛立つ。
誰が何を、何のために、どうやって行ったのかわからない。わからないから、この先どうしたら良いのか決められない。いったい何が最善なのか。これを好機とするには何を為すべきなのか。
どうしたら今度こそ親友を救うことができるのか――自分が望むものはただひとつ。ただそれだけ。
ただそれだけのために、気が狂いそうなこの悪夢を繰り返してきた。