司令官!腐女子、見ちゃいました!

艦これ/提督BL(秘書艦青葉)

2014/11/24:この話を元にして出した本→『世界は青でできている』


 

「赤煉瓦からの命令で来たのだから俺に拒否権はないのだけれど」
 簡素な椅子から立ち上がった男はそう言って窓の外へと視線を向けた。この部屋は港の様子をよく見下ろすことができる。その先に広がる大洋も。
「これだけは、約束して欲しい。できないのならば上に掛け合い、君には本土へ帰ってもらうことになる」
「……何でしょうか」
「絶対に、戦闘には参加しないこと。海戦に出ないこと。俺がいない間、この母港を守ること」
 それだけを守ってくれれば後は好きにして良いと言って、やっとその男は、自分の部下となるべくはるばるやって来た新任副官の顔を見た。
 窓から射し込む南国の明るい日差しに照らされながら、眩しそうに目を細めて笑う。そのどこか寂しげな、憂いを帯びた上官の笑みに、ああ、この人は自分と同じ傷を抱いているのだと根拠もなく察した。
 だからきっと、今度こそ、大丈夫だと。
「わかりました。約束すると、誓います」

     *

「青葉! 提督は!?」
 血相を変えた副官に廊下で迫られて、ドッグから出たばかりで提督室へと向かっていた青葉は額に手を翳し、窓の外、海の彼方に視線を向けた。
「あー……出撃してますねぇ」
「あの出撃ばか!」
 上官に対する発言としては明らかに刑罰ものだが、青葉は気にもせず遠くに見える艦影を凝視したまま、ちょんっと首を傾げて見せた。
「旗艦は夕張ちゃんかな? そういえば私がドッグ入りする前に工廠から新しい武装を開発したって連絡がきてましたから、試し撃ちですかねー」
 いいないいなーと言いながら振り返った青葉が見たのは、額に手のひらを当ててはああああとため息を吐いている副官の姿だった。
 彼がここへ来た時、若いのにずいぶんと落ち着いた青年だと他の艦娘たちと話題にしたものだったが、着任から数ヶ月が過ぎた最近は落ち着いていると言うよりも苦労して疲れているように見える。
 そんな彼に苦労を掛けているのはもちろん、今は海上にいる提督その人だ。
「久しぶりに高速修復材ぶっかけられなかったので、もう夜も遅かったことですし、提督もお休みするのかなーって思ってたんですけど」
「君のドッグ入りを見届けて、そのまま不知火を連れて近海警備を繰り返していましたよ……夜どおし続けていたから陽炎と黒潮に本気で怒られて、帰って来て大人しく休むかと思えばこれですよ!」
「……提督ほんとに、母港にいないですよねー」
 思わず二人のため息が重なった。
 決して艦娘たちに負担を掛けているわけではない。繰り返される出撃により疲労した者があればすぐに交代させ、中破以上の損傷を負った者が出れば任務の途中であってもすぐに寄港して入渠させる。そのため、この艦隊で轟沈は一人も出ていなかった。
 ただ、とにかく出撃数が多い。朝も夜もなく出撃を繰り返す彼を知る人は、彼が大人しく母港にいる方が珍しいとすら言う。同期の中でも圧倒的に出撃数の多い彼はその分、敵本隊の撃破数も多く出世スピードも早かった。
 その階級だけで言えば、本土に戻ることも可能なのだろう。但し彼自身がそれを望めば、である。
「青葉、さすがに私はちょっと怒ってます」
「お気持ちはお察しします。って言うか秘書艦なのにドッグ入りするたびに毎回置いて行かれる青葉もちょっと怒ってますよ?」
 夜は提督も寝れば良いのだから朝まで待っててくれたっていいじゃないですかー、と口をへの字にして見せた青葉に、そうです、そのとおりですねと副官は何度も頷いて見せた。
「夜くらい、布団で寝るべきですね。せっかく提督の希望で本土から一式を取り寄せたのですから」
「そうですそうです!」
 力強く答えた青葉に、もう一度うんと頷いて青年は手招きをした。
「青葉、ちょっと手伝っていただきたいことがあります」

 結局、提督が帰って来たのは夜も更けてからのことだった。
 負傷した艦娘たちを次々とドッグに入れるよう指示を出して、不在中に帰投していた遠征組を労いながら次の遠征指示を出すために一度、提督室へと戻る。普段なら秘書艦か副官にでも聞けば済むことなのだが、あいにくどちらも見つからなかった。
 いつもなら夜遅くても迎えに来てくれるのになぁと思いつつ、しかしそれならそれですぐに次の出撃に出られると思いながら提督室の扉を開けて電気をつけると、部屋の中央で副官が仁王立ちしていた。
「あ、」
 部屋を間違えましたと冗談めかして笑いながら、開けた扉から部屋を出ようとすれば、背後から「どーん」という掛け声とともに部屋の中に押し込められる。
「おい、今の青葉だろ!」
 何のつもりだ!?と上げた声よりも高らかに、ガシャンと外側から鍵が閉められる音が響いた。
「……何時の間に鍵なんか取り付けたんだ」
「提督が出撃を繰り返している間に、ですよ」
 背後からの声にそろりと振り返れば、にこにこと副官が笑っている。その笑顔が怖い。
「えっと、もしかして怒ってる?」
「はい、とても」
 これは簡単には部屋を出してもらえないぞと察して肩を落とすも、すぐに顔を上げて扉の向こう側に声を掛ける。
「青葉、そこにいるな? 帰って来ている遠征部隊を読み上げてくれ」
「はーい! 天龍・龍田率いるタンカー護衛組が、帰投後の補給も完了して休んでいるところですね」
「落ち着いたら再びタンカー護衛任務に就くように伝えてくれ。他の遠征部隊も、帰投して補給を終えたら同じ任務に出るように」
「すぐに、ですかー?」
「少し休んでからで良いよ。ただ、資源がだいぶ足りなくなっているから……復唱は不要だ。そのまま各部隊へ伝えるように」
「はーい。了解しましたー」
 姿は見えないがピッと敬礼したらしい青葉が、伝令のためにぱたぱたと走り去って行く。その音を聞きながら、はあとため息を吐いた提督はい草の畳に敷かれたふかふかの布団に座り込んだ。提督室に相応しいとは言えないそれらは、この方が落ち着くからと窓の障子と合わせて提督がわざわざ本土から取り寄せたものだ。稀にしかいないからと好き放題である。
「で、これは一体どういうつもりなんだ?」
「慢性的に資源が足りないのは確かですが、提督が今より出撃回数を減らせば足りなくなることもなくなりますよ」
「そういうことを聞いているわけじゃない」
「こちらにとっては同じことです」
 言いながら畳に膝を着き、座っている提督と視線の高さを合わせる。白手袋をはめたままの手をそっと伸ばして、目の前にいる男の目元に触れた。
「こんな目の下にクマなんて作って」
「寝てないわけじゃないぞ。移動中の仮眠なら取っている」
「睡眠というのは適切な時間帯に適切な量を取らなければ意味がありません」
 うぐっと返す言葉を失うが、ここまではいつもと同じ流れだ。いつものように副官が折れるだろうと思ったのだが、そういえば先程外側から鍵を閉められたこの部屋は内側から開けることは可能なのだろうかと扉に視線を向けると、それに気が付いた青年がにこりと笑った。
「開きませんよ」
「……は?」
「緊急事態でも起こらない限り、朝まで鍵を開けないよう青葉に頼んであります」
「おいちょっと待て、え、」
 トンと肩を押されて布団に転がった提督は、そのまま相手に跨られて身動きが取れなくなる。体格差はほとんどない相手なのだからいつもなら簡単に抵抗できるはずなのに、蓄積された寝不足と疲労によってうまく力を入れることができない。
「本当に、仕方のない人ですね」
 じたばたしている己の上司を見下ろしながら、副官はそっと自分の白手袋をはずし始めた。
「そんなに出撃を繰り返されるほど興奮して居らっしゃるのなら、ちょっとガス抜きを手伝って差し上げますよ」
 ――あ、これまずいやつだ。
 口元は笑っているのに目が完全に座っている部下を見上げて、提督はついに観念した。
「寝ろと言われたところで簡単には寝付けないのだが……」
「大丈夫です。泣いても喚いても提督が寝落ちるまで続けますから」
 だからそういうセリフをそういう顔をして言わないで欲しい。とはいえ彼や青葉の制止を振り切って出撃を繰り返していたのは自分であり、抵抗できないほど弱っているのも自分自身の責任だ。
「俺が寝ているあいだ……絶対に、母港から動くなよ」
「わかっていますよ。誓いましたからね」
 その約束の真意がどこにあるのかは知らない。きっと過去に何かあったのだろうということくらいは察しているが、知っていても知らなくても、どちらでもいいと思っている。たぶん、お互いに。
「約束は守りますから、お願いです。もう少し、御身を大切にしてください」
 そう言って間近に迫った部下の顔が、彼が時折見せる迷子の子供のそれにも似ていて。仕方がないのはどっちなんだか、と溜め息を吐いた提督は、重ねられた唇をおとなしく受け入れた。