「石田という男は、人の上に立つには向いていないと思っていたのだがな」
散々に荒らされた陣を見下ろして片倉が言えば、「そうさねぇ」と隣で声だけが響いた。それから遅れてストンと、どこからともなく降って来た忍びを一瞥だけして話を続ける。近くにいることはわかっていた。そしてきっと、相手も同じことを考えているのだろうということも。
「今回の件で少し、考えを改めなければならねェな」
「従う者がいることを自覚して、意識すると変わるって。うちのお館様が言っていたよ」
「真田も昔と比べると随分変わったが、テメェがいるからってことか」
「その言葉まるっとアンタに返すからね???」
上に立つものの自覚、とでも言うべきか。あれだけ一心に己を慕う部下ができれば当然それなりの意識も芽生えるのだろう、と。
もう少し彼らに時間があれば、もっと大きな変化もあり得たのかもしれない。石田は豊臣軍の中でも有力な将となって大隊を率いて采配を揮い、大谷がそれを支え、島が二人の手足となって戦場を無尽に駆け巡る。そんな未来を感じさせる程度には、あの若い青年には見どころがあるように感じられた。
けれどそれも、石田が正気であればの話だ。
「必死で追いかけては行ったけど、狂気の淵に立つあの化け物を一人で止められるのかね」
「止めるだろう。テメェの命と引き換えにしてでもな」
「あー、まあ、そうねぇ」
やだやだ、と佐助が呆れたように首を振るのは片倉の言わんとするところを察したからだ。例えば自分たちが同じ立場であったとしたら、きっとそうすることを選ぶだろう、と。そしてそのとおりであると同意するしかないことも。
通すわけにはいかないと彼の前に立ちはだかっておきながら、どこか祈るような気持ちでその背を見送ってしまったのはきっと、主を求める従者の悲痛な叫び声がどうしても耳に残ってしまったから。
もしも自分が同じ立場にあったならと、どうしたって考えてしまう。それを隣に立つ男となんとなく共有してしまうことも、あまり気分の良いものではないのだが仕方がない。
あれは、もしかしたらあったかもしれない未来の自分たちの姿だ。