購買で取り寄せていた品の受け取りを終えたジャミルとカリムが中庭で鉢合わせたのは、やはり購買に向かっていたオクタヴィネル寮のいつもの三人だった。
「あれー、ラッコちゃん、ご機嫌だねぇ」
「あ、フロイド! お前たちも来るか?」
「他の寮の生徒を出会い頭で軽率に誘うんじゃない」
「いえ、そもそも何に誘われているのかわからないのですが」
いつもの宴でしょうか、と首を傾げたジェイドの横で、アズールが思い出したようにポンと手を叩いた。
「ああ、今日はカリムさんのお誕生日でしたね」
「えー、ラッコちゃんお誕生日なの。おめでとー」
「ありがとう!」
なるほどそれでたいそうご機嫌だったのか、とオクタヴィネルの三人は納得する。カリムのことだから寮で盛大な宴を開くのだろう。
「やはり誕生日の宴はいつもの宴とは違いますか」
「みんなが喜んでくれるなら何の宴でもオレは良いんだけどな! でも寮でやる宴なら最後までめいいっぱい楽しめるから、去年も楽しかったし今年も楽しみなんだ」
「おや、ご実家の方が豪華なパーティーなのでは?」
スカラビア寮で行われる宴は盛大なものだが、それでも熱砂の大富豪アジーム家で行われるそれに比べれば子供の遊びにも等しいだろう。
確かに規模は全然違うけど、とアズールの問いにカリムが笑った。
「だって学園内なら料理や飲み物に毒を盛られたり、宴会の騒ぎに紛れて刺客が飛び込んできたり、贈り物に毒蛇が潜んでたりしないだろ?」
それに全部ジャミルの料理だから毒味もいらないし、と上機嫌のカリムに向かって、それまで黙っていたジャミルがため息を吐いた。
「カリム、それくらいで。さすがのアズールたちも引いてる」
「ん? オレ何か変なこと言ったか?」
「いえ……ちょっと想像以上の世界でしたので」
「ラッコちゃん、大きくなれて良かったねぇ」
「ああ! ジャミルのおかげだな!」
なるほど、とアズールはひとつ納得しながら、例の騒動の時にカリムがジャミルに語った言葉を思い出す。
『ずっとオレを助けてくれてたのも、お前なんだ』
あれには、自分が思う以上の意味が含まれていたのだ。
盛大な宴の後片付けまで終えて、静かになったカリムの部屋でジャミルはナイフを取り出した。
「誕生日に間に合って良かったな」
購買に頼んでいたのは若いココナッツの実だった。ナイフの刃をココナッツの上部に突き刺したジャミルは慣れた手つきで小さな穴をくり抜いて、用意していたストローを入れてベッドで寛いでいるカリムに手渡す。
「アジーム家の跡取り息子の好物がこれっていうのもどうかと思うけどな」
「そうか? 美味しいのに」
特に、豪華な料理も何もかも吐き出して寝込んでいる時に飲んだココナッツジュースは、この世のものとは思えないほど美味しいものだった。その実に開けられた歪な穴の形も、枕元まで持ってきてくれた小さな手のこともカリムは忘れずに覚えている。
「昨日までに届いてた贈り物と送り主のリストがこれだ。今日以降の分はあとで追加するから、どうせ忘れるとは思うが一応目を通しておいてくれ。返礼品は去年と同じものでいいな?」
「サムに頼んだアレだな! いいと思うぞ!」
「評判もまあ良かったからな。じゃあ手配しておく。メッセージカードのサインは……次の週末にまとめてやるか」
「あれ大変なんだよなー。あれこそ魔法でちゃちゃっとできれば良いのにな」
「それならもう最初から印刷でいいだろ。これも跡取りの仕事と割り切れ」
当主になればこの程度では済まないのだが、その時はもっと大勢の部下がカリムに従うことになる。あれもこれもジャミルが一人で片付けなければならないのは今だけだ。
そう、この学園にいる間だけは。
「しかし子供の頃はお菓子やおもちゃが多かったが、さすがに高価な宝石や希少な反物なんかが増えてきたな」
「贈り物は嬉しいし綺麗だけど、置くとこないからすぐに宝物庫行きなんだよな」
寮の改装の時に大きな宝物庫を用意してもらって良かったと笑うカリムに、まったくだとジャミルも同意する。寮に置いておけないものは実家に送らなければならないし、その作業を行うのもジャミルの仕事になる。
他の誰かに頼もうとしてもあまりにも高価な品ばかりなので、触れることすら寮生たちが嫌がるからだ。気持ちは分からなくもないし無理強いもできない。
「お前が何か欲しいものを言えば、それが山のように届くと思うぞ」
「うーん、でもオレが欲しい贈り物は毎年ちゃんともらってるからなぁ」
「……そうなのか?」
まさかこのココナッツジュースのことだなどと言うのだろうかこいつは、と思わず身構えてしまったジャミルに、カリムは今日一番の笑顔を向けた。
「誕生日の朝、目が覚めて、ジャミルのおはようとおめでとうを聞いて。誕生日の夜、ジャミルのおやすみを聞いて寝る。オレにとってこれ以上の贈り物なんてないと思うんだ」
それは、つまり。
かぶっていた寮服のフードを前へと引っ張ったジャミルは、影になったその下ではぁーーと呆れたようにため息を吐いた。
「バカ言ってないで早く寝ろよ。明日は寮長会議があるだろ」
「そうだった!」
「書類はこっちで用意しておくから、明日ちゃんと目を通してから持って行くんだぞ」
そう言って立ち上がったジャミルに、カリムは飲み終えたココナッツの実を渡す。
「いつもありがとうな」
「……おやすみ、カリム」
「おやすみジャミル! また明日!」
今年も無事に誕生日を迎えて、歳を重ねて、その日を無事に過ごして終える。
その最初と最後にジャミルと交わす言葉が一番の贈り物であるなどと。
「別に嬉しくないし、喜んでないし、泣いてもいない」
だからいちいち絡むなと、いつの間にか宝物庫を抜け出していた魔法の絨毯を片手で押し除けながら、ジャミルは残りの仕事を片付けるために自分の部屋へと戻って行った。
2020-06-25