それぞれの矜恃

 柔らかく伏せられた、長く艶やかな睫毛の、その薄い目蓋の上へ。真珠のように細かい煌めきがちりばめられたクリームを丁寧に広げ、光の角度で七色に輝く粉を重ねる。
「当日も準備まではやってあげられるけど、会場に入ったあとの手直しは自分でするんだからひととおり覚えてちょうだい」
 それくらいは自分でできるでしょうと言う相手の顔を、伏せていた目を開いたカリムはきょとんと見返した。
「できないぞ」
「は? ……あー、そう。ジャミル」
 別の寮とは言え同じ寮長として、カリムのことを知っているヴィルの察しの良さを密かに感心しながら、呼ばれたジャミルが頷いて答えた。
「はい。カリムの分も俺が覚えておきますので、大丈夫です」
「そこまで従者任せなのもどうかと思うけど、他人が口を挟む話でもないわね」
 そうやってあっさりと納得するこの先輩のことを、ジャミルはそれほど嫌いではなかった。

 

「カリムのメイク、いつもアンタがやっていたのね。それなら納得だわ」
 次は衣装の調整ね、とクルーウェルのもとへ送られたカリムと入れ替わりに鏡前へ座ったジャミルの、その目尻に線を引いていたヴィルが満足そうに微笑んだ。思い通りの線が描けたようだ。
「慣れているだけで巧くもなんともないメイクですけど」
「あら、何言ってるの。よくできているわ。特に式典服の時と寮服の時とで、あの印象的な目元が映えるようにきちんとベースの色から変えているでしょう。ちょっと感心していたのよ」
「……ありがとうございます」
 細部まで認められて褒められたこと自体は、純粋に嬉しい。それも、この手のことに関しては努力を惜しまず妥協を許さないヴィル・シェーンハイトその人の言葉だ。
「もちろん技巧を磨くことも大事よ。だけどモデル、対象をよく見てその良さを引き出さなければ、どんなに腕がよくても意味がないわ」
「そう、ですか」
「そしてそこに、個人の好悪も関係ない。……ちょっと、急に動かないで」
「はい」
 何かを見抜かれたと思って動じたのは一瞬のことだったはずだ。それすらも見抜かれてしまってはどうしようもない。けれども相手は、決してそれを笑わない。だからジャミルは大人しく、黙って話を聞く。
「アタシだって別に、あの野蛮男のことなんかこれっぽっちも好きじゃないわ。だけど、だからといって手を抜いたりなんてしない。そんなことはアタシ自身の矜恃が許さない」
「プライド、ですか」
「信念とも言えるわね。それはアタシだけのものであって誰に左右されるものでもない。というわけで、」
 これはあくまでこちらの矜恃の話なのだけど、と前置いたヴィルがジャミルの目の前で笑って見せた。
「ジャミル。アンタのメイクには技術の面で改良の余地があるのだけど、覚える気はある?」
 ――これからも『彼』のメイクを続けるつもりがあるのか? と。
 そう問われれば、答えはひとつしかなかった。
「もちろん」
「良いわ。じゃあ、あとで特別に教えてあげる」
 それは互いの、それぞれの矜恃のために。

 

 

2020-06-16