鉄路の交差点-拾遺- sample

新刊本文サンプル

青春鉄道と刀剣乱舞のクロスオーバー二次創作。(前作
北陸本線と稲葉江(再録)、函館本線と笹貫、東海道本線と加州清光の短編集。

2024.12.01 ガタケット179 発行 詳細:紫雨文庫・BOOKS


 

函館本線と笹貫

 

 明治四十二年十月。本線を名乗る。その証として『刀』を賜った。

 事前に刀の希望を問われた時に幌内、改め函館本線が思い出したのは、蔵で眠っている、かつての長官が置いて行ったままになっている一振りの日本刀だった。
 東海道本線は井上さんに選んでもらったのだという。北陸本線は地元の旧家の蔵にあったものを出したと聞いた。それなら自分は長官の刀でも良いのではないか。試しにそう上に伝えてみたら思っていたよりもすんなりと話が通ってしまった。
 拵えだけは揃いの新しいものを用意するからとわざわざ刀を受け取りに来た担当者は、白鞘の墨書きを見てほんの少し黙ったあと、良い刀ですねと笑ってみせた。函館本線がその沈黙の理由を知ったのは、もうしばらく先のこと。

「波平派の、江戸中期頃の刀工の作かな。波平は鹿児島の御城下の少し南、谷山のあたりに拠点を置いた一派でね。つまりオレの後輩、薩摩の刀ってこと」

 刀を受け取った日に突然現れた、冬の北国にはおよそ似つかわしくない薄着の男がそう言って笑った。
 ――故郷へ帰らないことを決めた男が、故郷から遠く離れた北の大地に置いていった、故郷の刀。

「だ、誰ですかその男!?」
 休憩所に入るなり声を上げた北海道新幹線を、『うるせぇ』とすげなく一蹴した函館本線の隣で、見たことのない男が缶コーヒーを片手に笑っていた。
 真夏の海にふらりと散歩にでも行くような薄着。その風通しの良さそうな上着をだらりと羽織った姿は、空調の効いた室内とは言え春先の北の国ではあまりにも場違いで違和感すら覚えてしまう。そもそも休憩所とはいえ業務の場なのだが。
「へえ、あれがあんたの上官?」
「そういえばこいつとは初対面か」
「はじめまし……ん。はじめましてじゃないなぁ」
「そうだっけ?」
「あの、ほんと、そのひと誰なんですか本線……」
 本線と見知らぬ男の親し気な様子にやきもきする以上に、男の纏う気配に北海道は戸惑う様子を隠せない。目で見てわかる姿かたちの違和感だけではない。自分たちと同じ鉄道ではないことはわかるのだが、全く別の存在とも思えない。
「前に見た時は黒髪で、もっと小さかったような?」
 男はそう言いながら、困惑している相手の高い位置にある頭の高さまで上げた右の手のひらを床に向けて、そのままぐぐっと下げた。北海道新幹線になる前の、かつての姿を知っているごく一部のものが今の彼を見た時に行う動作だった。
「えー、その頃お前、まだここにいたっけ」
「主要任務が終わって、時々様子を見に来てた頃じゃないかな」
 普通の人間ではないだろうとは思っていたが、半世紀以上も遡る戦前の話をまるで数年前のことのように話す相手は函館本線と同じか、もっと長く生きる存在なのだろう。
「北海道新幹線、だっけ? オレは笹貫。薩摩の刀だよ」
 ここまでの会話と、それだけの挨拶で、だいたいのことを察した北海道新幹線はピッと背を伸ばした。

<続>