超青の日報2024、無料配布。
青春鉄道×刀剣乱舞クロスオーバー。
初出:2024.05.05
*前回のあらすじ:明治末期、刀剣男士が御三家の護衛に来たよ。東海道本線には加州清光、函館本線には笹貫、そして北陸本線には稲葉江が護衛についたんだ。たいへんだね。
*『鉄路の交差点』2023年発行 東海道と清光の昔話
うららかな春の昼下がり、賑やかな駅前で男は人波をかき分ける。最も混雑するであろう日は避けたのだが、お祭り騒ぎの余韻は続いているようだ。ずんずんと進んで行く大柄な男の存在に、しかし不思議と誰も気が付かない。
ティラノサウルス、フクイティタン、フクイサウルスにフクイラプトル。駅前に点在する恐竜たち以上にその男は異質な存在だった。だからこそ、誰も疑問に思わないほどそこにいるのが当たり前の存在でもある。そこに確かにいる、と、強く意識しなければ認識できない。
「北陸!」
ようやく見つけた、覚えのある背中に声をかける。しかし振り返った相手の顔を見た男――稲葉江は、眉根に皺を寄せた。後ろ姿とは言え、自分があの男を見間違えるはずがないのに。
「人違いだったようだ」
「いえ、合っていますよ。私も『北陸』ですので。……兄に何か、ご用でしょうか」
あからさまに警戒の色を濃くした相手の様子に対して、それはそうだろうと稲葉江は気にもかけなかった。出会った最初からまったく警戒しなかったあの男がおかしいのだ。
「用事という程のものではないのだが。こちらではなく敦賀を訪ねた方が良かったか」
「そうですね、兄がこちらに来ることはほとんどない、はず、なんですが」
「来たよ~」
ひらひらと手を振りながらのんびりと歩いてきた男に対して、稲葉江と北陸新幹線は同時に似たようなため息を吐いた。
「久しぶり稲葉」
「お知り合いですか」
「うん。昔ね、彼に護衛をしてもらったことがあって」
「護衛?」
北陸新幹線も噂には聞いたことがある。むかしむかし、本線の刀が下賜された時。東海道本線と函館本線、そしてこの北陸本線の護衛として刀の付喪神が現れたのだという。
「つまりこの人が、あの国宝稲葉江?」
福井藩主、越前松平家の祖。徳川家康の実子である結城秀康ゆかりの宝刀。なるほど纏う気配が普通の人間とは違うはずだと、納得している北陸新幹線の隣で北陸本線が首を傾げる。
「あれ、稲葉、いつの間に国宝になったの?」
「知らん」
「ええ……知らないんですか……」
不機嫌そうな短い返答に困惑している弟に、昔からこういう男なんだと隣で兄が笑った。
「知らないよねぇ。人が勝手につける肩書みたいなものだし」
「……『本線』、も。同じですか?」
「だから刀だったのだろうね」
当時からそう思っていたのか、今なんとなく思いついたのか。いつもと変わらずに笑っている北陸本線の表情から読み取ることは出来ない。
「刀ってほら、重いから」
そんな理由で、と呆れて反論しそうになった北陸新幹線は、しかしもう一人の男の顔を見てその言葉を飲み込んだ。
稲葉江は肯定も否定もしなかった。
北陸本線に下賜された刀は、敦賀の旧家の蔵から出されたものだった。長浜で生まれ越前で結城秀康に仕えた刀工による、安土桃山時代の新刀。
身幅広く、樋も深く掘られた大振りの太刀を摺り上げたその刀は、接収された後は美術刀として、今でもどこかの美術館の蔵に収まっているのかもしれない。そういう刀だった。
「重かったか」
「今思えば、重かったかもね」
最初からそういうものだと思っていたから、特別に意識したことはなかったけれど。
仕事の現場に戻る北陸新幹線を見送って、恐竜たちに囲まれた広場のベンチに腰掛けた二人は揃って駅前の道を眺める。道の先には県庁の建物があり、そこはかつての城跡だった。
「でも、まさか稲葉が俺と弟を間違えるなんて」
「やけに嬉しそうだな」
「そんなに似てた?」
似てはいない。全然まったく別物だ。両者と対話をして余計に、どうして自分はこれを間違えたのだろうかと頭を抱えたくなったほどには。
けれども、だからこそ見間違えた理由もわかっていた。
「かつての貴様の後ろ姿も、輝いていた」
栄光の北陸本線。その眩いほどのかがやきを、稲葉江も確かに目にしたことがある。
「貴様も『それ』に手を伸ばすことなく、弟に譲るのだな」
「残念。天下は最初から俺のものじゃなかったよ」
最初から最後まで一番ではなかった。そう定められて生まれたのだから。天下に最も近い場所にいた。ただそれだけ。
どこかで聞いたような話だねぇと北陸本線が笑えば、稲葉江は不機嫌そうに顔をしかめた。将軍となった徳川家康の実子のうち、跡を継いで天下人となったのは稲葉江のかつての主である結城秀康ではなく、その弟である秀忠だった。
「人間の都合に振り回されるだけだ。吾も、貴様も」
人に作られた人ではないものも、当の人自身も。天下に一番近い場所で、それを見ているだけだった人と刀と鉄道と。
ただそれだけのことだと、繰り返すように呟く声に、恐竜の鳴き声が重なった。