桑名×村雲。
初出:2022-12-31
ことん、と村雲江の目の前に置かれたのは、白い湯気が立つマグカップだった。
「お腹痛いのに牛乳?」
中身をちらりと見て、唇を尖らせて相手を見上げる。本丸の皆が寝静まった夜中の廊下を、寝巻き姿のままウロウロと徘徊していた村雲を見つけたのは風呂上がりの桑名江だった。だいぶ遅い時間に遠征から戻って来たので風呂の順番も最後になってしまったのだろう。
所在なさげな様子の村雲を自室に招き綿入りの半纏でくるんでもこもこにしたあと、ちょっと待ってて、と部屋を出て行った桑名の行き先は厨であったようだ。
「ホットミルクなら大丈夫だって聞いたけど。まあ飲んでみてよ」
ね? と笑って見せた相手が引く様子はない。諦めてため息をついた村雲は暖かいマグカップを手元に引き寄せる。ふわりと甘い香りが鼻先をくすぐって、俺そんなに甘いの好きじゃないんだけどなぁと思いながらもカップに唇をつけた。
火傷しないように慎重に口に含んで、それからパチパチと瞬きをする。
「……美味しい」
「良かった。シナモンパウダーを分けてもらったから、おろし生姜を混ぜてみたんだ。雲くんが好きそうだなって思って」
「うん、好き」
ほんのりと甘く感じるのは蜂蜜だろうか。シナモンの甘い香りと生姜のピリッとした辛さがホットミルクの中でとろりと溶け合っている。
「牛乳には安眠効果があるし、シナモンや生姜は身体をあたためる効果があるから。よく眠れると思うよ」
「ふーん」
美味しいということ以外村雲にはぼんやりとしかわからないが、桑名が自分のことを考えて用意してくれたのだということはよくわかった。カップを両手で抱え、少しずつ飲みながら、詳しい効能を滔々と解説しながら布団を広げて就寝準備を整えている桑名の姿を眺める。
そうしてぽん、と桑名が枕を置いたところで、カップの中身を飲み干した村雲が口を開いた。
「今日は雨さんがいなくて」
「篭手切や豊前たちと出陣だったね」
「部屋に戻りたくない」
「仕方ないなぁ」
口元に苦笑を浮かべてはいるが、そこまでわかっているからこそ村雲を自室に招いたのだろう。そもそも村雲の同室である五月雨江や他の江たちがいれば、桑名が見つける前に村雲の不在に気がついて部屋に連れ戻しているはずなのだから。
のそのそと這うように移動した村雲が、敷かれたばかりの桑名の布団に潜り込む。せっかく温まった身体が、ひんやりとした布団でまた冷えてしまう。その前に、部屋の明かりを消して隣に収まった桑名の身体に村雲は身を寄せた。
「桑くんはさぁ、嫉妬とかしないの?」
「うん?……ああ、雨さんのこと?」
村雲の唐突な問いに一瞬考えた桑名は、すぐにその意図を察して笑った。
「確かに、雲くんはいつだって二言目には『雨さん』だけど、二人にとってお互いが特別な存在だってことはわかってるし。それに」
「それに?」
不思議そうに鸚鵡返した村雲を、桑名は両腕の中にくるりと包み込み、その額に軽く口付ける。
「こういうことは、雨さんとはしないでしょ?」
「しないね」
確かにと納得してふふっと笑った村雲は、二人分の体温ですっかり暖かくなった布団の中で更にぴたりと身体を寄せた。
「ねぇ桑くん。さっきの続きは?」
「今日遠征で行けなかった分、明日は朝から畑の様子を見に行きたいからね。早起きするから続きは無し」
また今度ね、と至極当然のことのように笑う桑名に、はーーーーと村雲は盛大なため息をこぼした。どうせそうだろうなと、聞く前からわかっていたこととはいえ。
「俺、畑に嫉妬しそう」
「あはは」
笑い事じゃないんだけどなぁと、言ったところでこればかりはお互い様だった。